アーセナルは、打つ手無くボールをキーパーまで戻す。当たり前のようにボールは、レアルのものとなった。
そこからレアルの攻撃は、嵐の様に激しいものとなる。ボールの動くスピードは通常の3倍以上だ。ショートもミドルもシュートのようだ。しかもワンタッチプレーが入っているのでアーセナルは守備ができない。フランチェスタはワンタッチプレーで味方やスペースに配給している。初めて見るフランチェスタの技術に明也は感心していた。ロランドが見えたり消えたりしながらゴールを狙っているのが分かる。右中央に隙がある。明也にはアーセナルの守備のほつれも見えていた。他人事の様な動きだった矢野明也だが、レアルの選手達の動きが手に取るように見えていた。明也は、異次元レベルのフットボールを経験する喜びにあふれていた。そして矢野明也のギアもトップに入った。
ロランドが抜け出た。アーセナルの選手が「やられた」そう思ったとき、一瞬時間が止まったように感じた。ボールを持ったのは矢野明也だった。ロランドから矢野明也がボールを奪っていた。ロランドが呆気に取られている。明也が自陣からドリブルで上がっていく。レアル選手は、得点パターンに入ったと思った途端に守備することになり、自慢の「アクティブ・プレッシング」が遅れてしまった。それでも世界のトップレベルの選手が配置されたレアル・マドリーは最上級以上のプレーで矢野明也を囲む。
フランチェスタが、矢野明也の前に立ちはだかる。フランチェスタが「カモーン、ボーイ」そう言ったように聞こえた。世界最高のミッド・フィールダー、アンドレア・フランチェスタが矢野明也を少しなめた態度でボールを奪いに来た。だが、矢野明也は、フランチェスタを通り抜けた。「Phantom through」だった。ロランドに続いてフランチェスタも矢野明也にやられてしまう。レアル・マドリーの選手たちの顔色が変わった。怒りが本気さのレベルをトップに上げた。明也を囲んだレアルの選手達は激しいプレッシングで矢野明也からボールを奪おうとする。ロランドとフランチェスタには無い激しいディフェンスだった。
並みの選手なら、壊れているだろう、いや、確実に壊されるほどの激しい圧だった。そんな激しいプレスの中を矢野明也は、ハイレベルなピッチに立っていることに喜びと楽しさを感じながらプレーした。何重にも網を張ったレアルのディフェンスだったが、矢野明也の目にはレアルの穴がいくつも見えていた。密集になりそうな状況で矢野明也は、ノーモーションの様なミドルパスを右サイドのスペースに出す。右サイドはゴールまで一直線に道が出来ていた。アーセナルの選手が一気に抜け出す。前にはレアルキーパーしかいない。
レアル・マドリーの守護神は、世界最高のゴールキーパー、レイモンド・ツェフォン。抜け出したアーセナルの選手は、キーパーを一気にスピードでかわそうとしている。しかし、そのプレーは、ツェフォンには何でもないものだった。ツェフォンは倒れることも手を使うこともなくボールをカットして味方につないだ。
明也は、ツェフォンのプレーに感心していた。「さすがにすごいキーパーだ」自分の作ったチャンスを潰されたのに明也は、嬉しそうな表情だった。「まだフランコが出てこないな」明也は、アーセナルの先輩選手、フランコ・ヴァランに思いを巡らせていた。一方、ヴァランも明也のプレーを注視していた。「ちび、相変わらず驚かせるな」ヴァランはそんなことを思っていた。
サンチャゴ・ベルナベウのスタンドは、アーセナルの28番のプレーに驚いていた。「奴は誰だ。ロランドの得点パターンが簡単に止められたぞ。アンドレアが何もできなかったぞ」たった一つのプレーを見せただけでサンチャゴ・ベルナベウのレアルサポーターは、このアーセナルというかつての名門クラブの16歳の新人選手が、とんでもない選手だとわかった。
矢野明也のワンプレーは、アーセナルに勇気を与えた。だが、相手は世界最高、最強のレアル・マドリー。チーム力はアーセナルを圧倒している。
レアルは、アーセナルの28番にマンマークを付けて動きを押さえる。矢野明也に出されるボールをレアル・マドリーは、世界王者の意地をかけて潰していく。「アクティブ・プレッシング」は有効だった。ロランドは最初のプレーで矢野明也に潰されたことで精彩を欠いていたが、ゲームが進むにつれて戻して来た。フランチェスタもショックを受けていたが、さすがに世界最高のミッド・フィールダーと言われる選手。ゲームをコントロールし始めた。それでもアーセナルの選手達の奮闘によってゲームは均衡を維持していた。
前半45分ついに均衡が破られる。ワンタッチプレーを続けていたフランチェスタがボールを持ってエリアに侵入するとロランドの動きを注意しすぎたアーセナルディフェンスはフランチェスタをフリーにし過ぎた。明也が付こうとしたとき、フランチェスタはシュートを放つ。強烈なシュートがアーセナルゴールに突き刺さった。前半終了間際の得点にレアルの選手もサンチャゴ・ベルナベウのスタンドも歓喜する。世界チャンピオンであることを忘れたかのような喜びだった。
アーセナルの選手がガックリとうなだれる中で前半終了の長い笛が響いた。
矢野明也のプレーによってレアルは慎重になっていたが、フランチェスタが状況をひっくり返した。レアル・マドリーに自信を取り戻すゴールになった。
ハーフタイム、ベンチに下がる明也は、祖父拓哉に声をかける。「じいちゃん、何でここに?体は?」そう言った明也に、祖父が返した言葉は、厳しかった。「明也、まだ何もしてないぞ、ワンプレーで終わっているぞ。しかもあのパスは弱気だ。全員抜けただろ」祖父は、質問に答えず、明也のプレーに不満を漏らした。「わかってるよ、じいちゃん。まだ後半があるから、見ててよ」明也は、そう言ってドレッシングルームに消えていった。
後半が始まると、レアル・マドリーは自信をみなぎらせてアーセナルを追い込んでいく。矢野明也を消しながら、ゲームを支配し、フィニッシュを繰り返す。後半5分と10分にロランドの連続ゴールが決まり、3-0ゲームはリアルに傾き、戦前の予想通りになって来た。この展開は、アーセナルの選手達に格下チームと認識させるには十分の展開だった。この流れに至っては、誰もがこのままゲームが当初の予想通りに進むと思った。ピッチの一人の選手を除いて。
3-0の展開は、レアル・マドリーの選手に隙をもたらした。アーセナル28番の選手は決してあきらめていなかった。矢野明也にボールが入ると、ベルナベウに魔法がかけられた。そんな状況が生まれた。明也のドリブルは、だれも止められなかった。明也がレアル選手の時間を止めた。フランチェスタもロランドも動いてなかった。中盤を突破した明也は、ヴァランにドリブルを仕掛けるとヴァランは凍り付いた。世界最高のゴールキーパー、ツェフォンも何もできなかった。レアルも選手が我に返った時、明也はボールをリフティングしながらレアルゴールから出て来た。アーセナルがアウェーゴールを返す。スタンドは静まり返った。何が起きているか理解できた選手はいなかった。そして更なる魔法を明也が見せた。レアルのキックオフボールを明也がすぐにカットする。ロランドからフランチェスタに戻しただけのボールを矢野明也がカットして直ぐにゴールに向かう。ヴァランが予測していたように明也に寄せるが、明也は何もないようにすり抜け、ツェフォンも通り抜けた。連続ゴールが決まった。明也はアウェーゴールを積み上げる。
事態を重く見たレアルベンチは逃げ切りに入る選手交代を行う。だが、矢野明也のプレーは既に異次元状態になっていた。世界チャンピオンが並みのチームになり下がり、なりふり構わず、矢野明也を止めようとしているが、矢野明也は、別の時計が動く世界でプレーを続けゲーム終了のホイッスルが吹かれるまで更に3つのアウェーゴールを積み上げた。5-3 矢野明也が、レアル・マドリーの聖地、サンチャゴ・ベルナベウで奇跡を起こした。
「マドリー敗れる」全世界をニュースが駆け抜けた。「レアル・マドリーがたった一人の選手、16歳の新人選手に為す術が無かった」と。