1月は、U−13からU—15までのリーグの地域代表決定戦がある。3歳上の年代、U-13に10歳の明也は選手登録されている。対戦相手は、レイソロスU−13、会場は、ニューライジングサン。U−13からは、105m×68mのフルピッチになる。最低でも20㎝以上ある身長差のある相手と同じピッチに立つ。パワー差は明らかだったが、矢野明也が、技術的に負けることは皆無だった。ホワイトボーイズのコーチはフル出場は厳しいかもしれないが、前後半片方は十分行けると確信していた。
ゲームは、冬休み最後の土曜日に行われた。ニューライジングサンに北から乾いた風が吹きつけ、屋根が音をたてている。周りに風を遮るものがないニューライジングサンは、冬になるとこの音を出す。屋根の音は、ピッチにこだましているが、ピッチに立つとほとんど風は感じない。風上、風下がない状態が維持されている。
U-13のゲームは、前半レイソロスの闘志が上回り、何度もチャンスを作ったが、なかなかゴールを奪えず、後半を迎えた。矢野明也の出番は、後半10分、レイソロスがショートカウンターから、ホワイトボーイズDFを振り切り先取点を奪ったところからだった。今日のレイソロスは、動きもよく、ダービー前日にホワイトボーイズに不覚を取ったU-13ではなかった。今日のためにかなりの準備をしたことが窺えた。レイソロスは、U-10の矢野明也が選手登録されていることを知っていたが、さすがに3つ下の年代に負けるはずがないと思っていた。自分たちは中学生のチームでJrユースのリーグ戦を戦ってきた。小学生の、しかも4年生の選手が自分たちに勝てるわけがないと思っていた。
矢野がピッチに入るとホワイトボーイズサポーターから、明也コールが沸きあがった。3年前ニューライジングサンのスタンドで思ったこと「いつかこのピッチでゲームに出たい」が現実になった。ピッチに立った矢野は、歓声にやや呑まれファーストタッチが安定しない。レイソロス応援団からブーイングが出される。それでも矢野は、ボールを取られたわけではなかった。初めて立ったフルピッチ、ライジングサンのハイブリッドピッチが矢野のプレーを試している。ファーストタッチのズレは、ボールの走るスピードに慣れてなかったからだが、直ぐに対応した矢野は、自分より30㎝以上大きな相手に当たり負けするどころか、また抜き、尻餅、カラ滑らせなど、牛若丸と弁慶の戦いを想像させるマッチアップを繰り返し、ホワイトボーイズのチャンスを演出した。矢野がピッチに入ってからは、レイソロスは防戦一方になり、DF選手を増強する選手交代も行い、1点を守り切る戦術になった。チャンスは作るが、ゴールを奪えないホワイトボーイズに焦りの気持ちが出始めた時、矢野がスーパーな同点ゴールを奪う。右サイドでボールを受けた矢野は、カットインしてレイソロスDF3人を一瞬で置き去りにして左足を振り抜くとファーサイドの左上にボールが突き刺さる。とても130㎝の少年が打ったシュートに思えないものだった。この同点ゴールで勢いに乗ったホワイトボーイズは、タイムアップまでに2点を加え、合計3-1で勝利。この2点も矢野が起点となったゴールだった。
ホワイトボーイズは、久々の本大会出場、逆にレイソロスは、敗退が決まった。この結果は、直ぐにレイソロスタウンに伝わった。レイソロスタウンは、悲しみと怒りに包まれた。そして矢野明也に対する不満は一段と大きくなった。
もう、矢野がレイソロスタウンに住み続けることは、不可能だった。
(続く)