50年に1人の天才と言われる矢野明也を擁する史上最強の呼び声も高いアーセナルU-17をアンヘル・ジアブロが1人で切り崩している。アンヘルの単独攻撃は、アーセナルを窮地に追い込んでいった。
アーセナルは遂にブロックを破られる。それは、ケヴィンには厳しい仕打ちだった。アンヘルが打った何本目のシュートだっただろう。アンヘルが左足で打ったシュートは、ゴールの枠を外れていた。しかし、ケヴィンがスライディングでブロックにいった右肩にボールが当たり、ボールのコースが変わってしまう。
3点目、アンヘルのハットトリックとなるゴールが決まってしまった。
オールドトラフォードは、大歓声が天を突き抜けるほどの音量だった。アンヘルコールが鳴りやまない。アンヘル・ジアブロに神が降りた時間だったのかもしれない。気落ちしたケヴィンに明也が声をかけている。「ケヴィン、アンヘルはすごい選手だよ。でもケヴィンは、そのアンヘルを自由にさせてないよ。今のはただのアンラッキーだ」ケヴィンもアンヘルの動きが見えて来た時の失点になったので気落ちしたが、闘志は落ちてなかった。「OK!明也、これからだよな」
前半は残り数分となった。前半一度だけオールドトラフォードを静まらせた「Phantom through」もアンヘル・ジアブロの前では影が薄かった。3:1のまま前半が終了する。最後までアンヘルの勢いは落ちず、アンヘルを使うユナイテッドの攻撃も機能し続けた。
後半、ユナイテッドは、ホームのエネルギーによってアーセナルを圧倒する。明也まで自陣に引いてアンヘルの創る個人技の戦いに引き込まれてしまう。今日のアンヘルは、常に一人でボールを支配し、味方が保持したボールを受け取ると、ほぼ全てをフィニッシュに持ち込んだ。ボールポゼッション70:30。通常はアーセナルがそんな支配率になるはずが、このゲームだけは逆になった。それ程アンヘルの個人能力がアーセナルを凌駕していた。ゴールというたった一つの結果を除いて。
シュートブロック、ケヴィンと明也の魂のディフェンスがアーセナルのゴールマウスを守り続けた。後半40分過ぎまで続いたユナイテッドの猛攻、アンヘルの猛攻は、タイムアップ時間が近づくとともにペースが落ちて来た。オールドトラフォードは、勝利を確信し始め、チーム応援歌の大合唱が始まっていた。追加時間が、表示される。「2分」残り時間は、3分ない。ユナイテッドは勝利を目前にしていた。アーセナルのベンチも諦めかけた時に守備に追われていたケヴィンがフリーでボールを持った。「明也!」そんな声を出しながら、ケヴィンがボールを持ちあがる。明也は、アンヘルを引き連れ、ケヴィンの脇を並走して上がっていた。明也が右サイドに開きながらスペースを目指すと、アンヘルもユナイテッドのディフェンスも矢野明也をマークしに動いている。
ケヴィンは、明也に視線を入れながら前に進むと明也が緩急をつけたフリーランを繰り返すとユナイテッドの中央にスペースが出来て無人になっていた。ケヴィンは、感覚に任せて進む。キーパーと1対1になるとフェイクを入れ、キーパーを動かすとそのまま股を抜いた。ボールはゴールネットで止まった。前線を動いてケヴィンのスペースを作った明也が、ゴール内からボールを持ってセンターサークルに戻った。
後半45分、1点差になった。追加時間2分を残すのみ。ユナイテッドは、時間稼ぎに入った。
アーセナルは、ケヴィンと明也がアンヘルを囲み、動きを止める。スタンドは「Angel through」の声。
明也がボールを奪った。そして、ケヴィンに渡す。アンヘルが飛ぶように迫る。ボールは、アーセナルの選手間を動いてアンヘルを振り切る。ユナイテッド陣内に入るとボールはケヴィンから明也と渡り、ボールが走り出していた。ユナイテッドの守備網は体を投げ出して止めに入るが、ボールは動き続けている。明也の動きは、プロジェクションマッピングのように見えた。見ることは出来ても誰も触れない動き。
「Phantom through」だった。そのあとに、アンヘルが、そしてユナイテッドの選手たちが見たのは、ゴールからボールを持ちながら出てくる矢野明也だった。
静まり返ったオールドトラフォードのスタンドにタイムアップの笛が鳴り響いた。