アンヘルは、「こいよ!」そんな仕草でケヴィンを誘っている。だが、ケヴィンの眼に映ったのはアンヘルの背後で動く明也だった。アンヘルを横に動かして重心移動させたケヴィンだったが、アンヘルは「お見通しだよ」そんな言葉が聞こえてきそうな表情でボールを突いて来た。ケヴィンにはアンヘルの動かした足が見えなかった。「あっ!」ケヴィンが拙いという声を出した。
突かれたボールは、ケヴィンの脇を通過していた。ケヴィンが固まる。そしてボールに続いてアンヘルがケヴィンの脇をすり抜けた。「Angel through 」スタンドの歓声が上がる。ケヴィンが手でアンヘルを掴もうとするが触れない。ケヴィンの出した手をすり抜けるようにアンヘルがケヴィンの体を抜けるような映像がオールドトラフォードのスクリーンに映し出されている。「Angel through 」が大音響となってオールドトラフォードの屋根を越えマンチェスターの町に響き渡る。シティ・オブ・マンチェスターにも聞こえているかもしれない。カウンターを受ける。アーセナル守備陣は、一瞬身構えた。だが、ボールを持っていたのは、アンヘルでは無かった。ボールは、突然現れた矢野明也の下にあった。
アンヘルは、ボールが進んだところに一瞬で到達したはずなのに、そこにボールは無かった。何もない空間があっただけだった。ボールを見失ったアンヘルは、キョロキョロと周りを探した。既にボールを持った矢野明也は、アンヘルの背後、数メートル離れたところにいた。
ユナイテッド守備陣は、矢野明也に対応する間も無く置いていかれてしまう。矢野明也が人型の置き物のある空間をドリブルしている。そこにユナイテッドの守備網は存在しなかった。キーパーと1対1になった矢野明也は、縦に抜け出すフェイクを入れただけでキーパーを倒れさせる。そして、キーパーの脇の下にボールを通す。真横に進んだボールは、プレーウォッチングに陥ったユナイテッド守備陣の間を抜けて来た「アーセナルナンバー4」によってゴールに納められた。ケヴィン・クランツのゴールだった。アーセナルは、1点返した。2:1となった。Angel through vs Phantom through は、Phantom through に軍配が上がった。
アンヘルが、怒りに包まれている。眠っていたはずの矢野明也が本当の姿を見せた。明也のプレーはアンヘルの競争心に更なる起爆剤を注入することになった。アンヘルが、爆発しそうな雰囲気が周囲に伝わっている。
アンヘルは、熱くなっていたが、チームを牽引する力は大きくなっている。1点返されたユナイテッドは、チームとして慎重さが見えて、弱気になりかけた。2対0のゲームは、リードしたチームが失点すると危険になるという流れがあるが、そんなムードにも見えた。1点返されたユナイテッドのチーム力は、アーセナルの連係する動きやチームの機能性において遅れをとっている。フットボールの定説と言える流れは、ユナイテッドをアンヘルに頼る流れにしていく。ユナイテッドの攻撃は、アンヘルの個人技一本になった。それがこの時間帯では良かったのだろう。アンヘルにボールが渡れば、悪魔が姿を現わす。アーセナルの守備陣はきりきり舞いさせられてフィニッシュまで許してしまう。だが、力の入り過ぎたアンヘルのシュートは少しのズレが生まれてゴールネットを揺らさない。
この時間帯にアンヘルのシュートが一本でもアーセナルのゴールネットを揺らしていたらユナイテッドの圧勝だっただろう。普段はカッコつけのケヴィンが汚れ役を演じてブロックマンをやっている。アンヘルの怒りが、時折焦りに変わって来た。でも、アンヘルは攻撃を止める気配が無かった。「アンヘルの負けず嫌いは相変わらずだ」ケヴィンも負けじとブロックを続ける。
アンヘルの激しい動きによって、アーセナルは、5人がアンヘルの守備に追われている。その守備陣を平気で突破するアンヘルは普通ではない。アンヘルの動きは、分身の術を使っていると思える程掴みきれないものだった。アンヘルの守備に追われていつの間にかアーセナルは、勢いを削がれ劣勢になってしまう。2対0の流れなんて関係がなくなった。ゲームの流れは、ユナイテッドのものとなった。(続く)