そこは、山も小高い丘もない、水田と畑が何処までも続く真っ平らな場所だった。遠くに見える地平線は青い空と緑の大地分ける境界線だった。
その町は、国の東の端、太平洋を望む所にあった。東から吹く風は、町に潮の香りを運び、海が奏でる波の旋律は、日常の即興曲となって町に流れていた。即興曲は何気ないメロディーであるのに、非日常を思わせる時間と空間を作り出していた。
九里ケ浜と呼ばれる海岸。ずっと昔から、波乗り少年や波乗りオヤジ達が集まる所。サーファー達が追い続けるビッグウェーブが現れる場所でもあった。昔、オリンピックのサーフィン会場となった場所は、すぐ近くにある。そんな美しい波を求め、サーファー達はやってくる。他の地からこの地に移住するサーファーも後を絶たない。
だが、こんな海辺の田舎町には、波乗りよりも他のどんなスポーツよりも町中が熱狂するスポーツがある。
フットボールだ。
この国でサッカーと呼ばれていたボールゲームは、フットボールと呼ばれる様になった。20年程前に2回目のワールドカップが開催された頃だろうか。呼ばれ方も替わったが、この国のフットボールは、世界トップとは言えないものの、トップに肩を並べようとするレベルに進歩を遂げていた。
九里ヶ浜に面した人口3万人の町には、8つのフットボールクラブがあった。それぞれのクラブは独自の考えに基づいてクラブを運営している。ほとんどのクラブが小学生と中学生を中心に運営していたが、2つのクラブは、トップと呼ばれる大人のチームを持っていた。プロではない、高校を出たばかりの若者から、40過ぎた初老オヤジまで所属している。選手ほとんどがクラブ出身者で地元の生まれの地元育ちだ。
この町には、一万人以上収容出来る2つのフットボール専用スタジアムがある。3万人の町に1万人以上収容出来るスタジアムが2つあるのは異常だが、町の人たちのフットボール好きはもっと異常だ。年2回行われる地域リーグの直接対決、ダービーマッチのスタンドは、超満員になる。それは、当にお祭りだった。お盆と正月を足して、ハロウィンとクリスマスで掛けたような盛り上がりになっていた。
町のクラブの頂点に立つ2つのクラブ、FCホワイトボーイズとACレイソロス。共にプロリーグのクラブではない。1部と言っても地方リーグの1部に所属するクラブで、プロのトップリーグに昇格するには、ナショナルアマチュアの3部、2部、1部を抜け、プロリーグ3部、2部という5つのカテゴリーを超えなければならない。だが、この町の人たちにはプロとかアマという分け方に興味が無かった。この町で生まれ育った選手が、ずっとこの町でフットボールを続ける姿が何よりも好きだった。この町ではフットボールが生活の一部だったから。
ホワイトボーイズはもうすぐ設立100年を迎えるクラブで、始まりは、ブラジルから来たプロ選手が地元の子供たちと遊んでいたことからだった。
ACレイソロスは地元にあった家電メーカーが80年程前にTV工場のあった場所にフットボールスクールを作ったことが始まり。AC=アスリートクラブと言う名前の通り、総合スポーツクラブで、フットボールは、その中心にあるスポーツだ。レイソロスのスタジアムはレイソロスタウンの中心にあった。
(続く)