矢野明也の周りは、本人の意思とは無関係に慌ただしくなっていった。Uー17に上がってまだ1ヶ月。シーズンはこれから本番に向かう時期に矢野明也を取り巻く環境は激変してしまった。イングランドUー17選出騒ぎに始まった矢野明也狂騒曲とでも命名されそうなメディアの取材攻勢は、アーセナルの発表したプロ契約締結によって拍車がかかり、収集つかなくなっていた。
アーセナルのサポーター、グーナー達は、クラブの宝になると大事に見守っていた矢野明也が、トップチームに昇格することを喜ぶ反面、早過ぎる昇格という不安も持っていた。16才になって直ぐにトップチームに加わることは、外からのプレッシャーと内からのプレッシャーをダブルで受けることになる。それを16才の少年が耐えられることになるのかと不安があった。
Uー17第3戦の相手は、ウエストハムユナイテッド、通称ハマーズとのロンドンダービー。
ハイベリーに集まったグーナーは、8万人を超えていた。Uー17のゲームでハイベリーが超満員になったのは、リオン・ファントマ以来のことだった。ハイベリーを埋めたグーナーは矢野明也をただ見てみたいと思う興味本位の人から、Uー13時代から矢野明也を追い続ける人、生粋のグーナーに至るまで様々だった。
今回の矢野明也狂騒曲はメディア、取り分け日本のメディアが作ったものかも無しれない。フットボールの内容に触れた報道やコメントは消されて、ゴシップ記事が幅を利かせてしまった。アーセナルや生粋のグーナーにしてみれば、今回の矢野明也狂騒曲と言われる事態は、作り話の盛り込まれた低次元、低俗情報の撒き散らしだった。そんな状況の中で、本来のグーナーは、ホームハイベリーで矢野明也を守る場所にするという強い気持ちがあった。
ハイベリーのスタンドには、「明也はガナーズの誇り」「Akiya never walk alone 」(レッズのパクリか?)「フットボールの戦いだけを見せろ、ガナーズ」というバナーが溢れていた。邪な報道が生み出した矢野明也狂騒曲とガナーズの混乱をグーナー達は精一杯のサポートで正常化しようとしていた。
ハイベリーのスタンドが揺れている。8万人のサポーターによる矢野明也コールが始まったからだった。スタジアムを覆った大歓声は、ハマーズのホーム、ロンドンスタジアムに届くのではないかというくらい大きかった。12才の入団当初からリオン・ファントマの再来と言われた矢野明也は、グーナーにとって唯一無二と言える宝だった。
「これ程ハイベリーが揺れるのは、リオン・ファントマの時以来だ」オールドグーナーが若いサポーターに話している。「明也は、ガナーズの未来じゃよ」「明也の才能はリオンを超えているかもしれん」「FAが明也をイングランド代表に選ぼうとしたのもわかるよ」「どのチームだって明也は欲しいさ、フル代表にだって入れたいぐらいだ」「イングランド生まれだったらどんなによかったか、そうすれば今回の事も起きんかっただろ」
明也は、数日前にハイベリーで起きた、アンヘルコールを思い出していた。自分もアンヘル程サポーターに愛されるだろうか?そんな思いは、今日のハイベリーを見れば不要だった。アーセナルのメンバーがピッチに出た時には、明也コールは最高潮に達した。
「ケヴィン、ここがホームなんだな」明也がそれだけ言って自分のポジションについた。
ケヴィンは、明也が言った「ホーム」という言葉で直感した。
(続く)