九里ケ浜の町は、記憶から消されていた‟矢野明也“という名前が蘇っていた。ホワイトボーイズの宝物であり、ホワイトボーイズ伝説のプレーヤー矢野晃の血を引く矢野明也が、イングランドで生きている。そしてプレミアリーグの名門アーセナルFCのユース世代の中心選手に成長している。イングランド代表報道があった翌日には、アーセナルから公式発表があり、シーズン終了後にプロ契約を結ぶことになっている。
一気に膨れ上がった矢野明也に関する情報は、九里ケ浜の町に吹く風のように町に広がった。それでも、日本のメディアは、矢野明也情報を流すが、疑わしいものばかりだった。矢野明也の写真が別人ばかり出ていたからだ。アーセナルの公式サイトに載った矢野明也は、幼いころの面影を残しながらも精悍な顔つきになり、栗毛色の長い髪が日本人らしくない見え方をしていた。
「明也は、外人っぽくなったな」「髪が長いな」真岡仁がつぶやいた。「明也は、やはり天才中の天才だったんだな」「15才でアーセナルU-17の中心選手になって、来年はプロ契約するんだから、すごいよ」かつては、矢野明也と間違えられた根元和が、しみじみ言っている。「もうここに帰ってくることは無いんだろうな」真岡仁が悲しそうに言うと、根元和は寂しそうな顔をして黙ってしまった。
「帰って来るよ」天岡良が明るく言った。「どうしてそんなことが言える」真原仁が、強い口調で言うと、天岡良は、明るく返す。「明也はずっとニューライジングサンがホームだと言っていたから、帰って来る気がするんだ」「それがいつか分からないけど」天岡良の明るさが重い空気を換えたようだ。ホワイトボーイズ新未来世代が矢野明也の不在よって力が低下しなかったのは、天岡良の著しい成長があったからだ。明也、和、仁のトライアングルは、和、仁、良に替わり、機能性は劣ることがなかった。そして、明也のようにストイックなプレーではなく、天然で明るい良は、チームの癒しの様な存在になっていた。「良の言うとおりになるといいな」根元和がつぶやいた。
九里ケ浜の町は、ホワイトボーイズの希望であった矢野明也が、イングランドを代表する選手に成長したことを喜ぶ半面、何故3年前に矢野明也がロンドンに行ったのか不審に思い、ホワイトボーイズへの問い合わせが急増していた。クラブサイトへの書き込みも善意、悪意ともに限界を超えてしまい、クラブサイトはパンク寸前になった。
ホワイトボーイズフットボールクラブは、このまま黙っていると憶測ばかりが先行して、収拾がつかなくなると判断して、公式発表を行った。
クラブ代表、石木克人は、矢野明也のアーセナル入団から現在に至るまでの経過を発表する。ただし、リオン・ファントマのことや仮契約を結んでロンドンに渡ったことは伏せられたままだった。それが、九里ケ浜での矢野明也の立場を微妙なものにしてしまった。
「明也はアーセナルに行くからロンドンに行った」「ホワイトボーイズを捨てたんだ」それが九里ケ浜の町の真実になってしまった。ホワイトボーイズの仲間達は、矢野明也をかばう言葉を失っていた。
「良、お前の言ったとおりにならないよ」
真原仁は、諦めたようにつぶやいた。
(続く)