ホワイトボーイズのゲームに出場する選手選考は、クラブ代表の石木克人が常にチェックする。今回のダービー出場選手は、ジュニア年代とユース年代のヘッドコーチが選考していた。当初のプランでは、矢野明也の名前は、U−15に記載されていた。だが、このプランに石木は激怒した。矢野明也を使って勝利するという、浅い考えが潜む選考が明也を疲弊させる。そんな起用法は、明也に害となるばかりで明也のためにならないからだ。11才になろうとする矢野明也は、まだ体も出来てない身長1m30㎝の子供だ。レイソロスのU−15と言えば、1m70㎝以上が普通、体だけ見たら大人の選手ばかりだ。技術的にはなんら問題は無いだろう。だが、徹底的に削られたら、矢野の体が壊れてしまう危険がある。既に矢野は、この町の有名人になっている。ゲーム中は最高レベルの警戒網が敷かれるだろう。石木は、明也を本来のU−11に出場させて、明也以外にも才能豊かな選手のいるこの年代が、明也と一緒に一層伸びる事だった。明也は、他の年代のお助けマンでは無い。確かに明也の持つ才能は、現時点でホワイトボーイズの歴史の中で最高かもしれない。選手の才能を伸ばすことがコーチの務めだが、只々、目の前のゲームを勝とうとするコーチがいる事も事実だった。選手の才能を伸ばすより、選考の才能を壊してしまうコーチは星の数ほどいる。
石木の意見が選手選考に反映され、矢野明也の名前は、本人が所属するU−11の選手リストに載った。
ダービー前日、ホワイトボーイズとレイソロスのフレンドリーマッチ当日がやって来た。矢野明也がU−11に出場することは、町中に知れ渡っていた。だが、この選考に町は、賛成と反対、そして残念だと言う声が入り混じっていた。
フレンドリーマッチと言う名の真剣勝負は、U−10から順に行われる。会場はホワイトボーイズのホームグランド、ライジングサン。U−17だけは、ニューライジングサンを使う。レイソロスホームで行われた前回ダービーは、全てのカテゴリーでホワイトボーイズが勝利した。ホワイトボーイズには、ドリームフィールドの歓喜だったが、レイソロスにとってはドリームフィールドの悲劇だった。
レイソロスは、前回の借りを返そうと全年代が相当の気持ちで向かって来るだろう。ホワイトボーイズは、矢野明也1人の話題によって他の選手達の影が薄くなっていた。矢野明也に頼るムードによって、ホワイトボーイズにはチームとして気の緩みがあった。元々U−12まで、レイソロスは、ホワイトボーイズをスコア的には問題にしなかった。パワーとスピード、ワンルートフットボールと言われる縦に早い攻撃は、体力的に劣るホワイトボーイズゴールを簡単に打ち破ることが常だった。
オープニングゲームのホワイトボーイズU−10は、ベンチも選手もチーム全体が緩くゲームに入ったために、レイソロスにゲーム開始から圧倒される。前半だけでホワイトボーイズは5失点。後半、レイソロスが控え中心のメンバーに交代したのに、ホワイトボーイズは何も出来ず、失点を続け、0対10でタイムアップ。冬のU-12のゲームでホワイトボーイズが達成した10-0を今度はレイソロスがそのままお返しをした。ホワイトボーイズはオープニングゲームからホームサポーターをガッカリさせるゲームをしてしまった。
会場周りは、矢野を見ようとホワイトボーイズサポーターで溢れていた。そのサポーターは、このゲーム内容を見て、如何に勝利優先指導のレイソロスジュニアが相手としても、大量失点し、なす術無く終わったU−10に失望した。ライジングサンには、大きなため息が溢れ、それは、九里ケ浜から聞こえて来る波音の何倍も大きく響いていた。
(続く)