準々決勝進出を決めた九里が浜FCの対戦相手は、八幡台FCに決まった。U-15代表フォワード、柴谷一司が所属する強豪チームだ。八幡台FCは、柴谷のワンマンチームと見られがちだが、柴谷の出来で勝敗が左右されることは少ない。統率の効いた堅い守備と柴谷の傍には、その影のように動き回る福山俊介が、ワンマンチームにありがちな弱点を消していた。
九里が浜FCは、秋に八幡台FCとトレーニングマッチをしたことがあった。相手をしたのは、九里が浜FCトップチーム。結果は、1-5。九里が浜FCの完敗だった。柴谷が4ゴール1アシストと全ての得点に絡み、九里が浜FCは柴谷1人にやられてしまった内容だった。
柴谷は代表としてのプライドが強く、格下の相手には容赦ない。相手をリスペクトすることは希なタイプだった。とてもU-15には見えないフィジカルと、強力なキック力に裏付けられたどこからでも打てるシュートが相手を圧倒していた。柴谷は、準々決勝の相手が、九里が浜FCのしかもセカンドチームと知った時、源FCや楽園台FCが完敗していたことを忘れ、九里が浜FCを完全な格下と見ていた。
福山は別の見方をしていた。九里が浜FCのゲームは見てなかったが、強豪チームに連続して大勝するには、必ず原因があるはずだと考えていた。もしかしたら、このセカンドチームは、本当に強いのではないかと。福山は、九里が浜FCとのトレーニングマッチの日にサブグランドでミニゲームをしていた選手達を思い出した。そこには、テニスコートほどの大きさに作られたミニゲームのコートで、高速で回すパスや見たことない足技を使ってプレーをする選手達がいた。もしも、あれが、九里が浜FCのセカンドチームだったとしたら、準々決勝の相手はかなり危険だ。八幡台FCの頭脳と言われた柴谷は、九里が浜FCを軽く見ていたが、八幡台FCの心臓と言われた福山は、危険を感じていた。そしてそれは現実のものとなっていく。
楽園台FC戦で起きた九里が浜FCのスロースターター振りが今日のゲームで再現されたら、今度こそ危険だなと、諸宮は感じていた。八幡台FCは、実績から言えば、源FCの対抗となるチームだった。ゲームへの入りが鈍いとどんなに技術を持っていても結果はついてこない。それがフットボールだと思っていたから。相手は強豪チーム、しかもチームが苦手な午前のゲーム。今日もベンチ外となった諸宮は、もどかしい時間を過ごすことにストレスを感じていた。
諸宮がスタンドに到着した時、両チームともアップの最中だった。ピッチの選手は、諸宮に気付くと諸宮をいじるような言葉が飛んだ。諸宮が見る限り、アップの様子は、諸宮の不安を吹き飛ばすようだった。東城の動きはとても良かった。いつもなかなか起きない、市井と西塚も起きている。前回のハットトリックで気を良くした堀内は、今日も元気だ。諸宮の不安は少し和らいだ。
選手が入場して、コイントス。九里が浜FCのキックオフになった。諸宮は九里が浜FCの並びを見て、「やったのか」と思った。センターサークルに入ったのが中林と東城ではなく、中林と市井だった。スリートップの左に堀内、スリートップの右に東城が入った。細野が右ミッドフィールダー。阿部は本来諸宮が入る中盤アンカーのポジションについた。
東城のマークがきつくなってきたら、1度やってみようと話していたフォーメーションだ。将来、堀内を活かすためにもやってみたい並びだった。
キックオフのホイッスルが鳴ってゲーム開始。中林から市井に出されたボールは、阿部に戻される。柴谷が威圧するように寄せてきたが、阿部は、いなすようにボールを西塚に送る。マッチアップに来たのは、予定通り、福山だ。西塚は、自分が世界最高の選手だと思っているので、同じ中盤の福山に対しても強い対抗心を持っていた。
だが、今日の西塚は違っていた。普通なら絶対に抜きにかかるのに、シンプルに堀内にパス。元気な堀内は、強力な八幡台ディフェンスに果敢にドリブル突破を仕掛ける。サイドバックを抜き去り、カバーに来たセンターバックをかわすとディフェンスとキーパーの間に速いクロス。ディフェンスと競り合いながら走り込んだ中林は届かず。市井と細野も2人並んで右足を投げ出すが届かず、ボールは右サイドのコーナーまで転がった。
最初の攻撃は不発だったが、最前線まで上がった宇能が相手より早くボールを押さえ、ボールをキープして攻撃をやり直す。宇能はサポートに来た阿部にボールを送る。すると阿部は中央の密集ゾーン目掛けてドリブルを始めた。
阿部は、ボールコントロールやキープ力においてチームトップの技術を持っていた。東城が見せる異次元の技や西塚のような派手さはないが、正確さや堅実さでチームを支えるプレーヤーだった。そんな阿部が、ゲーム開始とともに別人になった。
正確なボールコントロールが持ち味の阿部が切れたドリブルを見せ始めた。九里が浜FCトップチーム、矢野のようなドリブルだった。切れ味鋭い切り返しとターンでディフェンスを切り裂いていく。一番驚いたのは、九里が浜FCの選手だった。東城も西塚も市井も細野もそしてキャプテン海東も阿部のプレーに魅入っていた。「矢野がプレーしている」と思った。阿部は、キーパーと1対1になった。ピッチの選手は、相手も、見方も誰もがシュートを予測した。しかし、矢野はパスを選択した。「えっ」という声が聞こえるようだった。パスは、サポートに来ていた市井に出されたが、市井は全く予測できず、動けなかった。矢野のようなドリブルだったが、ここまで来て、パスするのは、枝本比呂知だった。
ボールは相手ディフェンダーに大きくクリアされた。開始早々、阿部の意表をついたドリブルアタックに柴谷は驚いた。福山も不安が、現実になったと確信した。
中盤での攻防が続いたが、九里が浜の早いプレスとボール保持に焦りが見え始めた八幡台FC。九里が浜のパス回しに中盤も最終ラインも動かされ振り回されていく。八幡台の前線に王様のように残っていた柴谷は、信じられない光景を見ていた。「このチームは何者だ」柴谷は、今まで見たことがないプレーを見せられていた。ダイヤモンドサッカーでみたオランダ代表でもこんなプレーは出来ない。そんな思いだった。
福山は、もっと不安を大きくしていた。福山にとって気になっていたのは、東城だった。東城がまだ消えている。パスが東城を通過していない。キックオフから東城はボールに触っていない。それなのに振り回わされている。阿部のプレーには驚かされた。そして、西塚や市井はブラジル選手のような派手なプレーをすると聞いている。だが、騙されなければ怖くないとも聞いていた。しかし、東城は、全く別次元だと言われていた。別世界から来たプレーヤーだと、東城を観た人は言っていた。3カ月前、福山が見たトレーニングマッチの日に隣でミニゲームをしていた選手。小学生かと思った選手。特異な輝きを放っていた選手、それが今同じピッチにいる東城だった。東城は、まだボールに触っていない。
中盤を制圧した九里が浜FCは、次第に相手をペナルティエリアに閉じ込めていく。スタンドにいる諸宮の不安は消えようとしていた。午前中のゲームが苦手と言う流れは無くなっていたから。しかも、阿部のドリブル突破以外、崩しの仕掛けをしていなかった。東城が意図的に動きながらもボールに触っていない。何時、何処で東城がスイッチを入れるかだけだと思ったから。
パス回しを続けた九里が浜FCは、中央の阿部にボールが入ったところで阿部が右サイドの東城に向かってドリブル。東城はマークを引き連れ、ディフェンスの裏を取るように動く。東城に3人のマークが付いている。
阿部は、一瞬躊躇う。その瞬間、阿部のチェックに来ていた福山がボールを奪う。完全にボールを支配していたはずの九里が浜FCは、一気にカウンターを食らうことになった。
ゲームは、0-0。何の答えも出てない状況でボールを保持することに時間をかけすぎた九里が浜FC。U-15代表の攻撃を受けることになる。
(第6話に続く)