U-15代表、柴谷一司。この時代の、この年代の、この国を代表する選手の1人だ。
柴谷は、福山が、ボールを奪うと中央のポジションから右サイド方向にずれていく。福山は、阿部からボールを奪うと直ぐにドリブルを開始し、寄せてきた宇能を軽快なダブルタッチで交わすと右のアウトサイドにかけたロングボールを海東と唐草の間を抜くように通した。右サイドから中央に切れ込むように走った柴谷にぴったりと合うボールだった。ここまでは一気にボールに迫る綺麗なカウンターになると思った。唐草は追い切れず中央に絞り、入れ替わるように海東が柴谷のチェックに行く。海東と柴谷が1対1になる。九里が浜の中盤選手は戻っていない。普段バランスをとる役割の諸宮はピッチにいない。だが、海東は、U-15代表の柴谷とマッチアップしても平然としていた。柴谷は強靭な体格を生かした強引なドリブルだったが、柔らかさを兼ね備え、技術的にも優秀だった。器用にボールを運ぶ。しかし、こと1対1に関して、海東はほとんど負けたことがない。海東を1対1で抜けるのは、九里が浜トップチームの矢野とこのチームの東城だけだ。そんな自信もあるのか、海東は柴谷のフェイントに釣られない。そして、海東の右足が一瞬動いたように見えた直後、ボールは海東の足下にあった。奪われた柴谷が茫然としていた。柴谷は抜けなかったことより、味方のサポートが無かったことにイラついた。特に福山を名指して注意していた。福山は、上がっていなかった。東城の影を意識しすぎて。
海東がドリブルで持ち上がり、阿部とパス交換した後に東城を探したが、東城には複数のマークがついていた。これも並びを変え、東城を右サイドに置いた狙いのひとつだ。サイドに開いた東城にマークがつけば、中央が薄くなる。海東は、右中盤の細野にパスを送り、リターンをもらう。八幡台の選手が自陣左サイドのスペースを消しに来た。細野からのリターンを受けた海東は、八幡台左サイドに張り出した堀内にピンポイントの速いパスを送った。薄くなっていた堀内のサイドは、サイドバック1人。その先はキーパーだった。元気な堀内の切れ味鋭いドリブルがあっという間にサイドバックを交わした。ペナルティエリアに浸入した堀内は、シュートコースを消しながら詰めて来たキーパーとディフェンダーの間をシュートで抜こうとして右足のインにかけたシュート。先制点が入ったとスタンドから歓声が上がった瞬間、シュートはポストを叩きピッチ外に転がっていった。
九里が浜は、完全に八幡台FCを圧倒していたが、2回の決定機を決められない。スタンドの諸宮は嫌な感覚を持った。こんな展開からカウンター一発で失点というのはフットボールではよくあることだ。決められる時に決めないと必ず代償を払うことになる。だが、東城はボールに触っていない。右に(八幡台から見た左)張り出したポジション取りでディフェンダーを引き付ける役割を静かにこなしている。
八幡台ゴールキックは、お決まりの形、必ず柴谷をターゲットに蹴り込んでくる。八幡台FCは、4-3-3の並びから4-4-1-1にスイッチして柴谷と福山が縦に並んだフォーメーションにかわった。今度は、柴谷が唐草に競り勝って落としたボールを福山が拾うと縦を急がずサイドが押し上げるために時間を作るボール運びを見せる。攻撃を組み立てゴールゲットする柴谷は八幡台の頭脳と言われるが、真の八幡台の頭脳は福山だった。福山がいなかったら、八幡台はもっと荒い、力任せのチームだっただろう。開始早々の劣勢で混乱した八幡台は福山のプレーによって落ち着きを取り戻した。九里が浜は左サイドの守備力が右サイドに比べて劣っている。福山はそんな九里が浜の弱点を見逃さず、押し上げた八幡台右サイドの選手と連携して九里が浜の左サイドを追い詰めていく。西塚は、自陣に戻って守備の姿勢を見せたが、自陣でプレーする西塚は並以下の選手になってしまうことが多い。阿部がスペースを消しながら下がるも福山の的確なパスさばきは秀逸で、九里が浜は完全に左サイドを突破されてしまう。海東まで左サイドに引き出された時、中央は、唐草と宇能、そして柴谷になった。
柴谷を挟むように宇能と唐草がマークする。柴谷は、ニアに走り込む動きを入れながらも右にずれてストップ。そこに福山からグラウンダーのクロスがぴたりとあった。柴谷を離してしまった宇能と唐草は、必死にブロックにいく。柴谷は福山からのボールを正面に向きながら左足でトラップしてさらに左に出る動きをする。宇能が我慢できずにスライディングに行ってしまう。その時、柴谷は、宇能の動きを嘲笑うかのように切り返しを入れた。唐草はコースを消すように柴谷に寄せる。柴谷は、キックフェイントをいれ、唐草の動きを止めると、横パス。そこには福山が来ていた。福山は左足でファーポストを巻くようなシュート。ボールは一清の手をかすめてゴールネットに収まる。ラウンド16に続き九里が浜は先制点を献上。前回はゲームの入り方に問題があった失点だが、今回は、完全にディフェンスを崩された失点だった。
ピンチの後にチャンスあり、八幡台FCは、狙い通りの展開となった。九里が浜FCは、チャンスを逃した直後のピンチが失点となった。フットボールにはよくあることだが、諸宮の嫌な予感が現実になった。
1点ビハインドとなった九里が浜FC。市井と中林は、キックオフするとボールを阿部に戻す。阿部は西塚にパス。今度は、西塚得意のドリブルが始まる。福山が下がって西塚のマークにつく。西塚の小刻みにボールを動かすドリブルは、福山を翻弄していたが、福山も完全に振り切られない。福山は西塚のゴールへ向かうコースを消しながらついていく。八幡台FC中盤選手も西塚との距離を詰めて3人で西塚を囲もうとする。それでも西塚は足裏やアウトサイドを使ったボール運びで八幡台の中盤選手を揺さぶり、股抜きを使って進んでいく。密集にいてもボールをロストしない西塚は、独特の間を取りながらボールを動かし、相手ディフェンスを崩していく。西塚は、ペナルティエリア直前で市井とワンツーを入れたコンビネーションで福山を外し、ペナルティエリアに浸入すると中林の足下に速いパス。八幡台ディフェンスは、一斉にペナルティエリア中央に絞り込みスペースを消しに入る。中林は足下に納めたボールを阿部に送る。阿部はキックモーションを入れながらスルー。その先には、東城が来ていた。
ついに東城がボールに触った。ペナルティエリア外、中央やや右サイドでボールを受けた東城は、ペナルティエリアを埋めている八幡台ディフェンスブロックにドリブル突破を仕掛ける。ペナルティエリア内の九里が浜攻撃陣は、東城のドリブルをサポートするため激しく動きディフェンスの注意を引こうとする。ボールを持った東城とボールを持っていない中林、堀内、市井、西塚の動きは対象的だった。ゆっくり進む東城とボールを持っていない九里が浜FC攻撃陣は1人ひとりが相手陣内を速い動きをしていた。東城のいる空間と他の選手のいる空間は、別の時間が流れているようだった。
東城は、チェックに来るディフェンダーを次々と抜いていく。最初の2人を歩きながら連続の股抜き、次は囲むように寄せて来た3人を縫うようにスラロームしてかわす。ボールは自分の意思で動いているようだった。東城はボールの脇を歩くように進む。左右からブロックに来た2人のディフェンダーと正面から寄せるゴールキーパーを左サイドに抜けるような体の向きを変えるフェイクを入れると2人のディフェンダーがスライディングに来た。東城は右アウトでボールを右方向に変えるターンをする。ディフェンダーは尻もちをつき、キーパーはバランスを崩しながらもボールに飛びつこうとしてきた。だが、東城はキーパーをすり抜けるように越えて右のサイドキックでボールを押し出す。ボールは休むようにゴールネットに納まった。
ゲーム開始から20分間、マークを引き連れながらも息を潜めていた東城は、ファーストタッチゴールとなった。止められない東城の不思議なドリブル。1秒後の世界の自分にパスを送るドリブル。東城のプレーは様々な形容ができる。ゲームは1対1、振り出しに戻った。
柴谷は、東城のプレーに驚き、唖然とした。福山がゲーム前に言っていた「九里が浜の東城は危険な選手だ」ということを思い出した。柴谷は代表に選ばれていない選手が凄い訳が無いと信じていなかった。だが、今のプレーで柴谷も確信した。代表レベルでもこんなプレーをできる選手はいない。そして、なぜ、九里が浜FCのセカンドチームにこんな選手がいるのか不思議に思った。
(振り出しに戻った準々決勝、第7話に続く)