前半20分、スコアは振り出しに戻った。八幡台FCのキックオフでゲームは再開される。
ここから常に東城にはマンツーマンのマークがついた。ボールが逆サイドにあろうと東城にはマークがついた。東城の凄いプレーを見たチームは必ずそうする作戦だった。だが、九里が浜は数的優位を取りやすくなった。福山も常に東城をケアするようになって、東城へのパスを防いでいる。八幡台FCは、柴谷だけの単独攻撃になって簡単に止められるようになった。柴谷1人では海東を突破できなかった。柴谷1人では、宇能にも、唐草にも止められるようになってしまう。柴谷に焦りが見え始めた。だが、自陣に9人が引いて守る八幡台ディフェンスの頑張りで得点は動かない。九里が浜は、ボールを回し、ドリブル突破を仕掛け、ゲームを完全に支配した展開となるも、このまま前半終了。
九里が浜FCのベンチは控え選手がいない。後半も同じメンバーで戦うことになる。前半を見る限りでは、フットボールの戦いは勝ち続けている。だが、得点は1-1。自分たちのプレーを信じて続けられるかがゲームを決めることになるだろう。相手と競うのではなく、自分達の中にある「弱さ」との戦いに勝つことが必要となる。
八幡台FCは、東城のプレーに恐怖を感じ、慎重になった。臆病になってしまった。福山の予感した危険をやっとチームメンバーが理解した。八幡台FCの選手にすれば柴谷よりも凄い選手や福山よりも上手い選手はいないと思っていたが、東城のプレーを目の当たりにして、東城を危険だと思った。
だが、八幡台FCの中で柴谷には代表のプライドがあった。九里が浜FCという聞いたことも無いチームの、聞いたことも無い選手が自分より優れていることを受け入れることは出来なかった。柴谷はあきらめてはいなかった。八幡台FCの選手を鼓舞して、みんなの自信を取り戻そうとした。
後半が始まる。柴谷は福山とパス交換して一気に九里が浜の左サイドの突破に向かう。柴谷も九里が浜の左サイドに守備の弱点を見ていた。市井と西塚のディフェンスは脆い。この2人はボールを支配することにかけてはずば抜けているが、相手ボールを奪うことは、他人事のような、あっさりしたところがあった。普段はサポートする諸宮がいた。阿部は正確なプレーをするがやはりファンタジスタであって攻撃の選手だった。汚れる役は好まない選手だ。
そんな九里が浜中盤の隙を柴谷はついていく。3人が破られる。しかも福山が、影のように柴谷のサポートをしている。唐草が柴谷にマッチアップする。柴谷は、ボールを福山に渡すとディフェンスラインの裏を取る動きをする。福山に阿部が寄せパスコースを限定する。西塚も福山のプレスに入った。柴谷はディフェンスラインをウェーブするようにオフサイドライン一杯のポジション取り。福山は柴谷の位置とオフサイドラインをイメージしてディフェンスラインの裏にループパスを落とす。福山が主導権をとったパスのタイミングで海東はオフサイドトラップが出来なかった。海東は柴谷と並走、体の入れあいでボールを取り合う。振り向いて背走となった分、海東は遅れてしまう。柴谷はキーパーと1対1になった。はずだった。柴谷が海東との競り合いを制してボールを保持しようとした時、既にボールはそこには無かった。福山のループパスは、一清に完全に読まれていた。一清はボールをダイレクトで堀内にフィードしていた。
一清の守備範囲は自陣全てをカバーすると言われていた。一清はゴールキーパーであり、スィーパーだった。1対1が滅法強く、抜かれるのを見たことが無かった。東城以外には。
堀内がボールをキープしてドリブルを仕掛ける。堀内は左サイド一杯からカットインして寄せたディフェンダーと中盤の選手を交わすと縦に抜け出し、センターバックとマッチアップ、左右の切り返しでセンターバックのバランスを崩すとキックフェイントをいれる。センターバックが右足でブロックに来たところを股抜きのクロス。ボールは中央の中林に向かう。ディフェンダーを背負った中林は体の角度をゴール方向に変えながらもスルー。ボールの進んだ所に細野が走り、シュートモーションから中央にボールを落とすと市井は左足でアウトをかけてゴール右上を狙ったシュート。振られたゴールキーパーは動けずゴールイン。2対1の勝ち越しとなる市井の今大会初ゴールが決まった。
キックオフ早々、恐怖心を取り払おうと積極的に攻め込んだ八幡台FCだったが、アッという間の逆転ゴールを決められ、東城だけではない九里が浜FCの強さを味合わされる。
リードした事で、九里が浜FCは、どこかにあった不安を解消した。そして本来の自信を取り戻した。八幡台FCのキックオフへのプレスは鋭さを増して、柴谷でさえ怯えるようにバックパスを選択する。敵陣に入った市井と西塚は当に別人だ。プレッシングする力は別次元になる。九里が浜のハイプレスは、八幡台FCの自由を奪う。ボールを奪った九里が浜は、パス回しを始める。ボールを保持していれば点は取られない。この時代においてピッチの幅と奥行きを使ったパス回しは、ボールを奪う術が無かった。ただただ走りまわされて、動かされた八幡台FCはエネルギーとモチベーションを奪われていった。柴谷も福山も走らされストレスを溜めていく。
後半20分以上が過ぎてもボールが繋がっている。ボールはピッチの外に出ない。時折、右サイドの東城にボールが入るとドリブルを仕掛けるような仕草だけでフリーの味方にパスしてしまう。八幡台FCの左サイドは、東城に振り回されるだけだったが、消耗が激しかった。
ボールポゼッションという最強の守備を九里が浜FCは実践していた。後半30分過ぎにゲームを決定付ける駄目押しゴールが決まる。センターサークル付近を動いていたボールに柴谷と福山が身を挺してカットに来た。横パスを狙ったものだったが、それは九里が浜FCの罠だった。柴谷と福山は、スピードに変化をつけて回されたボールにタイミングを外されてしまう。ボールを受けた阿部は、疲弊した八幡台FCの左サイドを離れ中央に動いていた東城に速い縦パスを通した。東城は、誰もいないピッチを進むように中央突破。キーパーも簡単にかわして、またしてもゴールを歩き抜けた。源FC戦で見せたヨッシウォークのショート版だった。
もはや八幡台FCには、競う力も戦う気持ちも残っていなかった。この後もボールを回し続ける九里が浜のプレーが続き、タイムアップを告げる長いホイッスルの音が響いた。
九里が浜FCはベスト4、準決勝に進んだ。替えのいない11人の戦い、苦手な午前の戦いを乗り越えた。
アシストはあったが、それ以外何も出来なかった柴谷は、猛反省していた。もっと福山の声に耳を傾けていたら、もっと慎重なゲームの入り方をしていたらと。
次の代表決定戦で必ず雪辱してやるとの思いを胸にピッチを後にした。
諸宮の心配は杞憂に終わった。個人技で無理に攻めるようなプレーも無く、失点シーン以外、決定機を作られなかった。諸宮は自分がいなくても普通に出来たゲームに少し寂しい感じを持ったが、準決勝に進んだ事に安堵した。次のゲームは出られるかもしれなかったから。
(第8話に続く)