伯東FCは先にピッチに入り、ポジションについている。5-4-1に見えるフォーメーションだ。少し遅れて九里が浜FCがピッチに入った。
九里が浜FCボールのキックオフ。ゲーム開始のホイッスルとともに、東城と中林、市井、堀内はエンジン全開で伯東陣になだれこむ。東城が高速ドリブルで中央突破を仕掛けると市井と堀内は、ディフェンスの間をフリーランニングでスペースを作っていく。東城は、伯東中盤選手2人を簡単に突破し、脇を並走する中林にボールを送り、すぐにリターンを受ける。あっという間にペナルティエリアに侵入した東城は、伯東ディフェンスを動かない置物のようにして抜け出し、ダイブで止めに来たキーパーをすり抜け、無人のゴールにボールを流し込んだ。
開始20秒でゴールが決まった。早過ぎるゴール。どこかでそんな声がした様だった。伯東FCは、呆気にとられている内に失点。また東城にやられた。14-0の悪夢が蘇る。伯東FCは、3か月前も東城一人に6失点していた。しかしこの失点は、伯東FCを目覚めさせ、九里が浜FCを泥沼に追い込むキッカケになった。
伯東FCは、失点で吹っ切れ、自分たちは挑戦者であること、自分たちには失うものがないことを再認識した。ここから伯東FCは、選手の意思が統一され、激しい闘志で九里が浜FCの攻撃をブロックしていく。
九里が浜FCは、開始20秒の得点によって、どこからともなく心に隙が出始める。14-0のゲームがかけた呪いによってプレーの精度が失われていく。
東城は、別格のプレーで伯東陣を切り裂いていく。サイドから中央から何度もペナルティエリアに侵入し、シュートを撃った。ラストパスを出した。今までの九里が浜FCならば、5点以上は決まっている展開だった。でも得点にならない。市井は、相手を幻惑する瞬間芸の効いたドリブルで東城以上のシュートを撃ちこんだ。でもシュートが枠から外れる。密集したディフェンスの隙をつくようなミドルシュート。海東は、そんなミドルシュートを何本も撃った。ゴラッソだった、決まっていれば。海東のシュートも何故か枠に行かない。
先取点を取ってから20分以上がたつのにゴールの気配が無くなってきた。チームの連携もどこかちぐはぐになっている。未来の子供たちは気づいていない。プレーのアイデアもなくプレーの精度も低下していることに。西塚がここは任せろとばかりにドリブル突破を仕掛ける。これも個人の能力頼みだが、西塚は密集した伯東ディフェンスを面白いように切り裂いていく。囲まれていることを楽しむように西塚はドリブル突破していく。伯東の選手たちは止められない。キーパーまで抜かれる。「決まったか」九里が浜FCの選手が思った瞬間、ボールは枠外に飛んで行った。伯東FCのゴールは、鍵がかけられた様だった。東城も西塚も市井もシュートの精度が低い選手ではない。無人のゴールにボールを蹴りこむことができない選手はいない。
ベンチの諸宮は、不安がどんどん大きくなっていく。ボールを支配し、ゲームを支配している。でもシュートが決まらない。リードは1点だった。このゲームは危険だ。ベンチの諸宮は、アップに向かう。
九里が浜の選手たちは、こんな状態になってもまだ気づいていない。それどころか、ボールを何度も持ち込みシュートを撃っていることに満足してしまっている。圧倒的なボール支配といえば聞こえはいいが、ゴールするための攻撃ではなくなり、ただ個の力技で突破を仕掛けるばかりでチームプレーは消えていった。ボールを持っていない選手は、味方選手のプレーウォッチャーになって動きは止まり、連携して崩すプレーは無くなっていた。14-0のゲームがかけた呪いは九里が浜FCを別のチームにしてしまった。
前半30分、九里が浜FCは40本以上のシュートを撃った。でも得点は、開始20秒の1点だけだった。リードしているのは事実だが、ピッチの九里が浜の選手たちは、大量リードしていると錯覚している様だ。だから緊張感が欠けている。当然不安なんてない。決まらないシュートを嘆きながらもどこか緩んだ心が見えている。問題ないだろ、ボールを支配し、ゲームを支配しているのだから。伯東は、九里が浜陣に入ることすらできない。キーパーの菱井はボールに触ってないのだから。緩んだ心が思考の停止を招き始めていることに誰も気づかない。ベンチの諸宮だけは、おかしいと感じている。14-0のゲームによって、九里が浜FCは思考停止という代償を払うことになった。
前半終了のホイッスルが響いた。
伯東FCは、最少失点で凌いだ前半の結果に自信を持ち始めていた。選手の表情闘志がみなぎっている。九里が浜FCは緩んだムードがみなぎっていた。
危険なムードを察知している諸宮は、アップゾーンにいた。諸宮は、ベンチに向かっていつでもOKの合図を送る。しかし、ベンチからは「まだ早い」との返事が返ってくる。それでも諸宮は、ベンチに帰り、ユニフォームに着替え交代の指示を早めようとしていた。諸宮には、「まだ大丈夫、安心してなよ」みんなの悠長な声が聞こえるようだった。
九里が浜FCは前半と同じメンバーピッチに入った。交代はなかった。
後半開始。諸宮は不安な表情を浮かべながら、ベンチに座った。
(第10話に続く)