ラウンド16は、新たな組合せ抽選が行われる。11人になった九里が浜FCの組み合わせは、決して楽なものではなかった。ラウンド16の対戦相手が楽園台FCとなったからだ。楽園台FCは、この時代には珍しく、中盤の構成力で相手を崩していくテクニカルなチームだ。源FCと同じ地区だったので常にナンバー2の地位を抜け出せなかったが、源FCの敗退によってチャンスが舞い込んだと思っている。源FCを7-0で退けた九里が浜FCを警戒するだろうが、源FCより勝ち抜けの可能性は高いと考えていた。
キックオフは、午前10時。午前中のゲームだった。諸宮離脱により、堀内を右MFに置き、諸宮のポジションには阿部が入ることになった。前の7人は全て攻撃的な選手という並びだ。今日の相手は攻守の切り替えが早く、コンパクトな陣形で向かって来る楽園台FC。相手がカウンター中心のチームなら海東と一清がほぼ完封出来る。パスをつながれ、ディフェンス陣が揺さ振られる経験は少ない九里が浜FC。汗かきの中心選手諸宮不在は、中盤の守備力は低下した。
諸宮がスタンドに着いた時、既に選手は、ポジションについていた。楽園台のキックオフになったようだ。
ピッチに立った九里が浜FCセカンドチームは、どこかこれまでの九里が浜FCと違うように感じた。諸宮と堀内が入れ替わっただけだったが、諸宮が心配していたことが起きてしまった。
九里が浜FCは、午前中のゲームが苦手だった。
楽園台のキックオフで始まったゲームは、九里が浜FCの鈍い動きと緩いプレスによって、楽園台が一気に攻め込んだ。楽園台は選手が連動する中で繰り出すパスワークで、中盤を圧倒する。九里が浜FCは、簡単に左サイドが突破される。市井と西塚の動きが特に重い。起きてないような動きだ。阿部と唐草がチェックに行くが、これも簡単に振り切られる。海東のカバーも遅れ間に合わない。楽園台FCは、開始30秒足らずで決定機を迎える。低い弾道のシュートはニアポストに飛び、一清のセーブも届かず、ボールはゴールに突き刺さった。前のゲームで九里が浜が見せたノータッチゴールの再現だった。
ひどい失点だった。中林と東城のキックオフでリスタート。東城がボールを阿部に戻す。「変だ」スタンドの諸宮は、目を疑った。東城がその気になれば、全員抜きだって出来るはずなのに。九里が浜のパス回しが始まったが、ボールのスピードがない。ボールを持っているよりも持たされているようだ。逃げるようなパス回しになっていた。一清と海東の指示が飛ぶが、どうにもならない。自陣でのボール回しが続き、ボールを持っている九里が浜FCが、追い詰められているようだった。
ミスが出たらやられる。そんな思いが九里が浜FCの選手達を包んでいた。楽園台FCは、調子良く九里が浜FCを追い回す。ボールが一清まで戻される。一清は、普段ではあり得ないクリア気味のキックを相手陣に蹴り込んだ。難なくマイボールにした楽園台FCは、精神的にも優位に立っていた。そして、これが本当に源FCを破ったチームなのかと疑った。楽園台FCは突出した選手はいないがひとりひとりの能力はとても高い。源FCでさえ簡単に勝てるチームではない。調子に乗った楽園台FCは軽快なパス交換をしながら、隙だらけの九里が浜FCを押し込んで行った。
再び九里が浜FCの左サイドが破られる。ペナルティエリアに浸入されると引いてきた堀内がブロックに行くつもりでスライディング。ところが、相手に切り返され、堀内のスライディングは相手の軸足をはらってしまった。PKだ!皆がそう思ったのと同時に長いホイッスルの音が響いた。九里が浜FCは開始から5分も経たずに2失点のピンチを迎えてしまった。
PKキッカーは楽園台FCの10番をつけた選手だ。ラウンド32までにセットプレーで5得点を挙げている優れたプレースキッカーだった。勢いに乗る楽園台の選手とは裏腹に不安な表情の未来の子供達。キーパーの一清は眼を閉じていたが、どこかいつもと違う。ピッチの選手もスタンドの諸宮も祈るような気持ちで一清を見つめていた。一清が眼を開けてから間も無く、ホイッスルの音。楽園台FC10番は、ペナルティスポットにセットされたボールに真っ直ぐ助走して、ゴール右に強いグラウンダーのシュートを蹴った。サイドネットに収まるナイスシュートだっただろう。決まっていれば。
ただ一清には完全に予測通りのシュートだった。左に飛んだ一清は、弾き出すこと無く両手でしっかりキャッチした。シャットアウトだった。九里が浜FCの選手達は安堵の表情を見せ、一清を讃える声をあげた。ペナルティエリア付近には、九里が浜FC殆どの選手が集まっていたが、1人だけペナルティエリア近くに見当たらない選手がいた。東城は、1人右サイドのハーフライン付近で息を潜めていた。ボールをキャッチして立ち上がった一清は周囲の声には構わず前方にロングスロー。キックのような弾道はハーフラインを超えて楽園台FC陣に落ちた。ボールを目で追った選手の視界に東城が現れた。センターサークル付近にいた楽園台FCディフェンダーの2人は完全に対応が遅れる。抜け出した東城は相手キーパーと1対1になった。東城はスピードを上げゴールに向かう。相手キーパーは、ブロックしようと体を投げ出してきた。そのプレーは東城の体ごと止めてしまおうというような勢いだった。東城はただ直線的にゴールに向かいドリブルで進んだ。周囲の眼には止められるように映った。キーパーも止めたと思っただろう。でも、東城は抜け出していた。東城はペナルティエリアをドリブルで駆け抜け、無人のゴール内にボールを置いた。
九里が浜FCセカンドチーム、未来の子供達は、攻め込み隙の出来た楽園台に救われた。この得点によって、未来の子供達は、やっと目を覚ました。
楽園台FCのキックオフでゲーム再開。楽園台FCは、雰囲気が変わった九里が浜FCの選手達に気付き慎重にボールをつなぎ始めた。海東が中盤の底に上がり、ツーバックのような並びになると前線から中盤まで6人がプレッシングに入り、海東と阿部がスペースをカバーするようになった。今度は、ボールを持っている楽園台FCが押し込まれる展開だ。九里が浜FCの正確なポジショニングが渦巻きのように狭まり、楽園台FCのスペースを狭めていく。楽園台は苦し紛れのクリアすら出来なく、ボールはタッチラインを割ってしまう。
目を覚ました九里が浜FCはスローイン後、ボールがピンボールのように動く高速ボール回しを披露する。普段は、諸宮が位置する中心に東城が入り、ボールが動き続け、パスが30本以上繋がり、堀内がフィニッシャーとなったゴールが生まれた。
2-1。
テクニックの楽園台FCを別次元のテクニックで圧倒した。楽園台FCの選手達は、噂で聞いていた九里が浜のフットボールを目の当たりにして愕然とする。そしてこの得点を機にゲームは完全に九里が浜FCに傾く。ボールは完全に九里が浜FCのモノになった。九里が浜FCが支配したゲームは、堀内が相手陣でのボール奪取後に見事なドリブルシュートを決めて3-1。ゲーム後半、東城と中林のワンツーでのパス交換から、楽園台ディフェンスの中央をこじ開け、東城のラストパスから堀内がハットトリック完成するゴールで4-1。
源FC戦より、序盤のバタつきはあったが、11人の戦いも諸宮の不在も克服した九里が浜FCは、ラウンド16を突破する。強豪チームを連破した九里が浜FCは、優勝候補に上げられるようになった。
しかし、ゲーム後の抽選で、九里が浜FCの準々決勝の対戦相手は、U-15代表選手が所属する八幡台FCに決まった。
(準々決勝の戦いは、第5話に続く)