練習はアップの後、ストレッチが入念に行われ、ボールを使った練習になって、3:3から4:4といったメニューがこなされていく。練習は真剣勝負だった。一歩間違えば、怪我するような激しい当たり会いが続いている。球際の強さ、激しさはアンダー世代と言ってもトップチームと変わらない。イングランドらしい球際の強さが十分に出ていた。
明也は、練習初日ということもあって、動きがぎこちない。観察意識が強く、慎重になっていた。体が小さいことがハンデに見えるという、体格勝負に呑まれ普通に出来ない。
リオン・ファントマがU−13の練習スペースに近づいていた。選手達の緊張が高まる。リオン・ファントマが練習を見ながらリフティングを始めた。選手達の動きが止まる。リオン・ファントマは50才を過ぎていたが、ボールタッチは未だに超一流であることを感じさせた。リオン・ファントマはボールの感覚を確かめるようにリフティングしているボールを段々と高くしていく。蹴り上げたボールが正確にリオン・ファントマの足に返ってくる。何処かで見た技だ。アカデミーのコーチ達は、矢野明也が入団テストの日にやっていた「ハイボールリフティング」を思い出した。ここ数年ボールを蹴ることが無かったリオン・ファントマが、簡単にそして見事な技でリフティングする姿に感心した。「邪魔したかな、いつも通りにやりなさい」リオン・ファントマは、その言葉だけを残してグランドから去って行った。
リオン・ファントマの言葉は、明也に聞こえていた。「いつも通り」リオン・ファントマの残した言葉に明也の意識が変わった。ホワイトボーイズの宝と言われた矢野明也のギアが上がった。6:6のパスゲームは、局面では1対1の激しい真剣勝負になる。13才のイングランド育ちの選手は身長が1m70cm以上。12才の明也よりも20cm以上大きい。日本では高校生位に見えるだろう。明也に対する反感からか、明也にボールは回って来ない。明也はそんなムードを感じ取っていたが、普通にフットボールをするとギアチェンジしていたのでフリーランでスペースに顔を出す動きを続ける。
明也のスタミナはイングランドの大人サイズの子供達を凌駕していた。6才から10㎞の道を自転車でライジングサンに通ったことが、明也に並々ならぬ心肺能力を備えさせた。ボールは回って来ないが、スペースに動き続けた明也に引っ張られ、明也の相手グループはボールを持たないので守備に追われるプレーばかりになっていた。5分のセットが終わり、グループチェンジ。4グループが対戦相手を変えて6:6のパスゲームが続いた。このゲームも明也をケアするグループは、明也に注意を払い過ぎて、常にボールサイド局面が数的不利になった。コーチからポジションを修正する指導が入っているが、明也に対する意識の修正が効かない。
セットの後半になってイングランドの大人サイズの子供達は動きが鈍くなって来た。明也のグループも明也のフリーランを活かして別のプレーヤーを使うことを繰り返して、明也へのパスは敢えてしない。残り1分を切ったところで、球際のぶつかり合いによって、ルーズボールが明也の足元に転がった。明也はこのゲームのファーストタッチだった。
明也にボールが渡ったことで、直ぐに相手グループのチェックが来た。チェッカーはこの時を待ってましたと準備していたように思えた。ボールホルダーに寄せる動きは速い。ボールに寄せる基本は、寄せ手が、自らの手で相手に触れる位置まで近づき、相手の自由を奪うこと。流石にアカデミーの選手になると九里ケ浜リーグの選手とはスピードも強さも数段違いそうだ。2人のチェッカーが、2段構えで寄せ、パスのコースも抜け出すスペースも消していた。
「股抜きか」チェッカーは、そう思った。だが、明也のプレーは、股抜きでは無かった。明也は、目の前にある「50cm四方のオープンスペース」でボールを動かして、チェッカー2人を置き去りにしていた。更に、3人目のチェッカーが寄せたところをすれ違うように抜き去った。明也は相手選手が足も手も出せない場所を通過していた。