チーム上層部は、この状況を打破するために、補強するという、移籍市場で資金を使うことを考えない。他のビッグクラブは、移籍市場でチャンピオン争いをする。チェルシーやシティ、そしてスペインの白い巨人のように大量のお金をつぎ込み、毎年移籍チャンピオンシップを争う。アーセナルは、基本育成を中心としたチーム作りをする伝統がある。21世紀は、ファントマを筆頭に中心選手は、全てがアカデミー出身だ。昔のクラブチームは皆そうだった。クラブ出身の選手がクラブのプライドをかけて争うのが当たり前だった。古い考えだと言えばそれまでだが、アーセナルの考えは変わっていない。これからも変わらないだろう。
だが、ここ数年の無冠は、アカデミー出身選手の未成熟や大量離脱によって、育成に疑問が持たれている。そして、毎年移籍で獲得した選手が活躍できない。決して安いお金で獲得したわけでもないのに、機能しない。これは、チームの補強計画そのものがお粗末だからと批判も受けている。そんな矢面にヘッドコーチのソル・キャンベルは立っている。アーセナルに見切りをつける有力選手が出始めているのも事実だった。
チームはこういった悪循環に陥るとツキにも見放される。負の連鎖が負のスパイラルとなり、負のサイクルに迷い込む。輝いた時代が終わり、低迷期に突入する。アーセナルは、低迷期と言う程のものではなかったが、リオン・ファントマ時代の黄金期を知るオールドサポーターには受け入れがたい状況だった。
そして、そこに矢野明也と言う天才少年が現れた。しかも並の天才ではないと思わせる結果を各年代で見せてきた。矢野明也に対する期待ばかりが膨らんでいる。そんなアーセナルを危惧する声も聞こえている。まだ16歳の少年にすべてをかけるような状況は、グーナー達も不安を持っていた。特に矢野明也を見たことがないグーナーは、「リオン・ファントマの再来」という枕詞が引っ掛かっていた。「ジェフ・ウィッシャー二世にならないだろうな」という不安が大きかった。
そんな矢野明也が遂にトップデビューを果たす。プレミアではなく、ヨーロッパチャンピオンズリーグで。
舞台は、白い巨人の巨大な要塞「サンチャゴ・ベルナベウ」だ。収容人員10万人。スペインの、そして世界の王たるクラブを自負するスーパークラブ。バルセロナが、脱落傾向にあるスペインフットボール唯一の世界基準を誇るクラブ。
レアル・マドリーの中心選手は、昨年のバロンドール、世界最高のゴールゲッター、クリスト・ロランド。そして、レアル・マドリーの中盤には、現在世界最高のプレーメーカー、アンドレア・フランチェスタが躍動する。最終ラインには、ディフェンスを統括し、攻撃の起点としてチームの強さの根源となっているフランコ・ヴァランが君臨する。全てのポジションに世界最高レベルの選手を配し、控えのベンチにも並みのクラブでは中心選手になれるワールドクラスの選手を置いている。金満クラブと言えばそれまでだが、圧倒的な物量を誇るクラブ。そんなレアル・マドリーにアーセナルは立ち向かう。プロデビューの矢野明也を先発で起用して。
矢野明也のデビュー戦、UEFAチャンピオンズリーグ第3節、マドリーの街は、レアル・マドリーの圧倒的勝利を期待するマドリーサポーター達が集まっていた。彼らにとって矢野明也はただの16歳でしかなかった。アーセナルという落ちぶれ始めたクラブの新人選手としか思っていなかった。
マドリーサポーターは、何を見るのだろうか。