ポゼッションは、崩しのパスが織り交ぜられてシュートに繋がってこそ攻撃の手段となる。横や戻しのパスだけでは、守るための手段にしかならない。アーセナルは、ポゼッションというスタイルに執着しない。ロングボールも使うし、カウンターも多用する。21世紀の始めに世界を席巻したスペイン流ボールポゼッションスタイルとは別の進化を遂げたものだ。リオン・ファントマの時代、パトリック・ヴィオラの時代もポゼッションスタイルとは違うものだった。アーセナルの原点は、「インヴィンシブルズ」にある。スペインのポゼッションスタイルのような時間を掛けたものではない。ゴールに向かう速度が違う。守備的なボール回しをしない。ボール保有率に関するデータよりも、相手ペナルティーエリアへの侵入回数を重要な指標と考えている。当然、攻撃面に重心を掛ければ、守備面のリスクが増すことは覚悟の上だ。
アーセナルのパス交換は、他のチームを圧倒するスピードを持っている。それは、現在のアーセナルトップチームよりもBチームの方が勝っている。そう思わせるのがヴィオラの作るアーセナルBだ。
明也とケヴィンの自由な動きとパス交換は、ホワイトハートレーンを驚かせる。細かなミスでスパーズボールになってもあっという間にボールを奪い返し、ショートカウンターを仕掛ける。スパーズGKのスーパーセーブが無ければ、ハートレーンの屈辱となったであろう。アーセナルの攻撃は、殆どがシュートに繋がるものだった。
「ジャック、スパーズはよく守っているな。守備は、トップよりBチームの方が良いくらいだ」「爺さん、守備が強いというより、キーパーが頑張ってるだけだろ。しかも、矢野明也は、まだつなぎ役、プレーメイクしかしてないぞ」「何言ってる。スパーズが、マークしてるから何もできないんだよ」「そうかな?」スタンドのジャックと爺さんは勝手な評価をしている。「あっ、明也にボールを奪われた」ジャックが」叫ぶ。
前半30分を過ぎてスコアレスが続いたゲーム。それまでアーセナルがボールを持つと大きなブーイングが響いていたハートレーンが矢野明也のプレーで静まり返った。
あの明也が、中盤右サイドでカットしたボールをそのままドリブルまっすぐゴールに向かった。明也に見えたものとスパーズ選手の見えるものは別のものだったかもしれない。スタンドのサポーターには、矢野明也の周りを渦のように動くアーセナルの選手と置物のように動かないスパーズ選手の映像が見えていた。矢野明也は、別次元のスピードでゴールネットにボールが収まるまで進んでいた。ビッグセーブを連発したスパーズキーパーもただ矢野明也を見送るだけだった。アーセナルが先制。ハートレーンは、音を無くしていた。
アーセナルの先制によって、均衡が崩れるとゲームはそこまでになった。前半のうちに矢野明也のスーパープレーで追加点が積み上げられた。ケヴィン・クランツの2点目に続いて、矢野明也の3点目、4点目のゴールが決まった。
「ジャック、これはいかんな」「ハートレーンの悪魔だったリオン・ファントマが蘇るぞ、あいつはもっとすごいかもしれないよ。トップチームが心配になったぞ」スパーズ爺さんは、スパーズの失点より、敗戦より、矢野明也のプレーに驚くだけだった。
後半に入るとハートレーンはブーイングから、アーセナルのプレー、特に矢野明也のプレーを称える歓声に変わっていた。スパーズの選手たちは、屈辱だったが、それを受け入れるしか手はなかった。アーセナルの攻撃は、強烈な破壊力でハートレーン制圧した。後半も矢野明也は、phantom throughと呼ばれたプレーによってゲームを作り、アシストを積み上げ、ゴールも決めた。チームを高めるphantom throughだった。
タイムアップの笛が鳴った時、電光板には、10-0のスコアが映し出されていた。
(続く)