アーセナルBのメンバーは、唖然としてピッチの光景を眺めていた。
そして、この日の練習でアーセナルBのメンバーは、矢野明也の本当の姿を目にした。アーセナルBのメンバーは、全ての練習メニューで、矢野明也の前では何も出来なかった。何も通用しないシーンばかり積み上げることになった。
「奴は何者だ。魔法使いか?」「奴に触れることすら出来ない」「昨日までここにいた矢野明也と今日ここにいる矢野明也は別人じゃないのか?」
練習最後のハーフコートゲームは、矢野明也の「心と技と体と予知能力」において異次元レベルであることを証明する場になった。突然ボールサイドに姿を現わす矢野明也に相手チームのプレーヤーは、驚かされ続けた。移動距離、ボールタッチ数、プレー成功数、ボール奪取数の全てにおいて優秀レベルの3倍以上だった。矢野明也の入ったチームは、30分×3本のゲームでゴール数28となった。矢野明也は自身のゴール数も14、しかも、28ゴール全てに絡んでいた。相手チームの選手はファールどころか矢野明也のウエアに触ったものすらいなかった。まさに「足も手も出なかった」
ピッチの傍で練習を眺めていたパトリック・ヴィオラは、最後の練習メニューが終わった時、既に姿がなかった。「リオン、明也が帰ってきたよ」ヴィオラがファントマに言った。「自分は何もしてないよ。理由は不明だ。ミニスタジアムで起きた明也コールが、明也を迷路から脱出させた。そう言うことにしておこう」ヴィオラは正直な感想を話すだけだった。「パトリック、明也をトップにあげてみるか?」ファントマは嬉しさのあまりに急ごうとしている。「待ってくれ、リオン。Bで数ゲームしてからでも遅くないだろ。ここは慎重に行こうよ」「それにしても、明也のプレーは驚きだよ。子供の頃、ハイベリーで見た、メッシの再来と言われた選手のことを思い出したよ」「ずっと、あの時の記憶があったから、自分は違うスタイルで行こうと思ったんだ。自分はリオン・ファントマにはなれない。自分はパトリック・ヴィオラとして最高になろうとね。でも、矢野明也は、リオン・ファントマが輝いていた時代のアーセナルを凌ぐかもしれないよ。でも、私は、リオン・ファントマのコピーを育てるつもりはないよ。矢野明也は、矢野明也だから。それでいいね」ヴィオラの話を静かに聞いていたリオン・ファントマは、静かに頷いていた。
「OK、パトリック。明也のことは任せたよ」「リオン・ファントマはここにいるからたくさんだ。矢野明也というガナーズ最高の選手がトップに上がって来るのはもう少し待つとしよう」
リオン・ファントマは、日本に行って矢野明也の祖父に会って良かったと思った。リオン・ファントマは、矢野明也が、自分の再来と呼ばれることを嫌っていた。自分もメッシの再来と言われたからよくわかる。過去の選手と常に比較されることにうんざりしたものだった。「ピークレベルじゃまだ負けてないよ、明也」負けず嫌いのリオン・ファントマが、独り言を言った。「えっ、明也に抜かれそうで悔しくなったかい。リオン」ヴィオラがそう言ってファントマの部屋を出て行った。
アーセナルBの次戦は、クィーンズパークレンジャーズ(QPR)とのアウェー戦。ロンドンダービーだ。遂に矢野がデビューする事になった。ディビジョン1という3部リーグではあるが、相手のQPRはトップチームであり、明也のプロデビューには違いない。地元のフットボール好きにしか集まらないゲームだった。特にメディアの集まるカードでもないのでゲーム前は静かなものだった。ところが、結果が伝えられるとメディアは大騒ぎになった。ゲームスコア11-0、前半10点の得点者は同じ、後半はベンチに下がった選手だった。
矢野明也、背番号28。
(続く)