アーセナルの希望、リオン・ファントマの再来は、ヴェンゲルスタジアム最上階の席にいた。
「トゥル、トゥル、トゥルーー」何処かで携帯電話が鳴った。明也は自分だと気づかずにいると、隣のおじさんから、「にいちゃん、あんたのだろ。早く出てやりなよ」明也は、「あっ、ソリー」日本語で答えていた。
明也は電話をポケットから出して、最上部の踊り場に向かって移動する。iPhone36の画面を見ると目を疑った。リオン・ファントマの電話番号が表示されたiPhoneの画面に映ったのは、祖父 の拓哉だった。リオン・ファントマの携帯を通して届いたTV電話は、祖父からのものだった。
「明也は、今何をしているんだ」第一声は怒りに満ちた低いものだった。「トップデビューはいつになりそうだ」「明也、九里ケ浜を出たのは何のためだった」祖父は、立て続けに質問をして来た。「じいちゃん、じいちゃん」明也は混乱していたが、それだけ言うと涙を流し始め、言葉にならなかった。しばらく沈黙が続くとヴェンゲルスタジアムの歓声がiPhoneを通して祖父に伝わった。祖父は落ち着いた声に変わり「明也、心配かけたな、じいちゃんはもう歳だからこんなこともあるよ。時間か少なくなった。だから明也が、1日でも早く、地ハイベリーでゴールするのが見たいんだよ」「今、ここにリオン・ファントマがいるぞ、ほら」「ハロー、明也、ホワイトボーイズとの契約を果たしに来たんだよ。明也の移籍金の手続きだ。日本に来たから君のおじいさんのお見舞いにと寄ってみたら、こっ酷く怒られたよ。明也を甘やかすなと。おじいさんは本当に病気だったのか疑いたくなったよ。それで今は何してる。ミニスタジアムにいるのか?」ファントマは明るく話している。「リオン、じいちゃんに代わって」明也の言葉で画面が祖父になった。すると祖父は明也の話を制すように直ぐに言葉を発した。「明也、何も言わなくていいよ。じいちゃんは元気だ。だが、早く明也のプレーを、ゴールを見たいもんだ。それだけだ。でもこれだけは言っておく。誰かのためにフットボールするのはもうやめなさい。自分のためにやりなさい。リオン・ファントマにもそうしてくれと言っといたよ」「明也、自分の中の優しい明也に負けるな」そこで電話が切れた。
明也は、夢を見ているようだった。明也は直ぐに父に電話をしてみた。「明也、どうした。今日は休みか?」父はいつもと変わらない声に思えた。「じいちゃんから電話があったよ。リオンが日本行ってじいちゃんにあったんだ。じいちゃんは家に帰ってたよ。いつ退院したんだ」明也はまくし立て父を問い詰めていた。「明也、そのことか。俺も今聞いたところだ。じいさんは昨日退院したんだ。意識が戻ったら、急に元気になったようで、明也のゲームを見ると言って勝手に退院してしまったらしいよ。だからこれから日本に行ってくる。詳しくことは日本から連絡する」また電話が切れた。
「どうなってるんだ」明也はそう呟いていた。矢野明也は、この2ヶ月おかしな世界に閉じ込められ、何も出来なくなる魔法をかけられた感覚を持っていた。
ヴェンゲルスタジアムは、後半が始まっていた。席に戻ると隣のおじさんからまた声をかけられた。「長い電話だな、ガナーズのゲームを見に来て、長電話してるんじゃダメだ。にいちゃん、どっから来たんだ。イングランドの人間じゃなさそうだな、日本人か?矢野明也のことを知ってるか?プロ契約した途端姿を消しやがった。Bチームにいると言うから見られると期待していたが、いやしない。フォレスト戦は熱くなるのはわかってたから回避したのかね。ファントマは矢野明也に甘いからな」「ウィッシャーの奴はまた怪我しちまった。奴もファントマが甘やかしたからこうなっちまった。ウィッシャーと矢野明也の絡んだガナーズを見に来たのに終わっちまったよ」
ピッチにアーセナル№10の姿は無かった。