アーセナルのキックオフで始まったゲーム。アーセナルは、マンチェスターユナイテッドの激しいプレスを物ともせずにボールを動かしている。矢野明也とケヴィン・クランツが代わる代わる繋ぎの中心に顔を出してユナイテッドのプレスをかわす。アーセナルは、ボールを高速で動かしてユナイテッドの陣形をずらしながら隙を探していた。
アンヘルは、ボールの動きを見つめながらアーセナルのセンターバック付近を漂う動きだった。ケヴィンは、アンヘルを警戒しつつもパス交換に参加している。「ケヴィンに任せるよ」明也の言葉を真に受けて、ケヴィンは、アンヘルをマークして仕事をさせないことをこのゲームのテーマにしていた。アンヘルのことは、自分が1番わかっているという自負が、普段はチャラチャラした行動の目立つケヴィンを真面目なプレーヤーに変えている。
アーセナルのパスは、様子見色が強まり、崩すまで行かない。ユナイテッドのプレスもアーセナルが危険地帯に来るまでは無理に行かなくなっていた。「隙を見せたら行くぞ」そんな迫力が伝わる選手の動きだった。
アンヘルを背後に置いて、ケヴィンと明也はユナイテッド陣を向いて交互にパス交換の要になっている。ユナイテッドの陣形は規則正しい「4-4-2」が形成されている。
フォーメーションとは、フットボールを語るとき、ゲームを語るときによく使われる。そして見る者を惑わせる。「4-2-3-1」や「3-4-2-1」などフォーメーションを四列表記する時代もあったが、イングランドのフォーメーションは、伝統の「4-4-2」がふさわしい。アーセナルの「4-4-2」は、イングランドの伝統的「4-4-2」よりも、四列表記の「4-4-1-1」に近く、トータルフットボールの「4-3-3」の香りを持っていた。
フットボールは、フォーメーションで決まると言う戦術論がある。だが、フォーメーションがゲームを決めるものかと言えば、そんなことはありえない。その時代を席巻した最強チームのフォーメーションが、戦術トレンドとして世界中に広まり、一般化される。それが、フォーメーションというものだ。そして選手の並び、取り分け相手ボール時の守備陣形の並びを表すのがフォーメーションの数字表記だ。
フォーメーションはフットボールの強弱を決めるものではないが、フォーメーション間に相性が存在する。それはフォーメーションの歴史を見ると明らかになる。
100年前にフットボール革命と言われたトータルフットボールは、「4-3-3」だった。「4-3-3」は次にやって来たファンタジスタの時代。「4-4-2」に取って代わられた。「ファンタジスタ型4-4-2」は、イングランドフットボールの基本型であった「4-4-2(フォーフォーツー)」とは似て非なるものだ。この「ファンタジスタ型4-4-2」は、「フラットゾーン型4-4-2」に圧倒されていく。ファンタジスタをコンパクトな部屋に閉じ込めるやり方で。ファンタジスタから時間と空間を奪うようになった。プレッシングスタイルと呼ばれるものだ。
この「フラットゾーン型4-4-2」は、20世紀の終わりの頃「3-5-2」に主役を奪われる。「3-5-2」の持つに守備時点の数的優位性、特に中盤の数的優位性によってだった。「3-5-2」の登場によって時代は、フットボールを守備的なスタイルに向かわせた。「3-5-2」の時代、攻撃は前の2人ないしは3人がするもの。残りの選手は、守る人。そんなものだった。
そして、「3-5-2」は、「4-3-3」の変形とも「4-4-2」の変形とも言える「4-5-1(4-2-3-1)」に取って代わられた。主に中央での数的優位を狙ったはずの「3-5-2」は、「4-5-1」にサイドでの数的優位を作られてしまった。
こうして21世紀初頭は、「4-5-1」がグローバルスタンダードとなった。が、守備的なスタイルは変わらなかった。(続く)