「明也、もっと喜べよ」ケヴィンが明也に抱きついて言った。「Phantom through、凄い技だな」ケヴィンは、何度も見たプレーだったが、感心している。明也が両手を挙げてスタンドに感謝の合図を送るとスタンドのグーナー達は、「Phantom through again」を連呼している。明也は、照れ臭そうにポジションに戻っていく。
ゲームは、アーセナルに先制点が入っただけだが、この1点がアーセナルに落ち着きと精神的な安定をもたらす。スコアレスの不安はアーセナルの選手から消えて、ハマーズを追い詰める。決定機がゴールに繋がっていく。前半に2点を加えたアーセナルは、ゲームを決めてしまう。3点目のゴールは、明也のドリブルからPhantom throughのドリブル突破からキーパーまで抜いた6人抜きだった。
スタンドの歓声は、後半も休みなく続いた。アーセナルの攻撃は、嵐の様にハマーズを襲った。明也とケヴィンが交互に得点して、後半は4つのゴール。ゲームは7対0となり、ハイベリーは、最後まで歓喜に包まれていた。
矢野明也狂騒曲と呼ばれたピッチ外の騒ぎは、ハイベリーのグーナー達によってアーセナルU−17チーム、そして矢野明也に落ち着きを取り戻させた。メディアの追っかけは続いていたが、グーナー達は日本のメディアから矢野明也を守る様になった。日本のメディアは直接インタビューの許可を受けられず、ぶら下がり取材をすることも出来なかった。
矢野明也本人のコメントは、動画と共にアーセナルのクラブサイトに載せられるようになった。日本でも、そして、九里ケ浜においても矢野明也のコメントは見ることができる。でもそれは、日本語のテロップの入った英語だった。九里ケ浜の人達は、矢野明也が遠い存在になってしまったことを悲しんでいた。
「良、明也はもう日本人じゃなくなったんだ。ホワイトボーイズに帰ってくることは無いよ」真原仁は、今でも明也がホワイトボーイズに帰ってくると信じている天岡良に言った。
「帰って来るんだよ。明也は絶対帰って来るんだよ」天岡良は目を赤くして言った。
「明也のことは、そっとしておこうよ。僕も明也が帰ってくるような気がするよ。そして、ニューライジングサンのピッチでリフティングする姿が目に浮かぶんだ。明也のホームスタジアムは、ハイベリーじゃないよ。明也のホームは、このニューライジングサンだから」根元和が言った言葉は妙に二人を納得させていた。
ロンドンの町も、九里ケ浜の町も少年たちの思いを包み込み時間が過ぎていく。
2076年、ホワイトボーイズの和、仁、良は同じ高校に進み、ホワイトボーイズU-16に上がった。ロンドンの矢野明也は、75-76シーズン後半戦に入っていた。75-76シーズンは、明也がユースチームに所属する最後の半年間となる。今年の誕生日、6月24日にプロ契約を結ぶことが決まっていたからだ。それでも明也は、自分のことよりリーグ戦に集中していた。矢野明也狂騒曲は依然続きていたが、日本のメディアとの接触を避けていたことで予想を超えた混乱もトラブルもなかった。
アーセナルU17チームは、リーグ戦前半を終えて17戦全勝。圧倒的な強さを誇っていた。折り返しとなる第18戦は、オールドトラッドフォードでのマンチェスターユナイテッド戦だった。
アンヘル・ジアブロが待っている「夢の劇場」、今度のアンヘルはどんな姿を見せるのか楽しみでもあり、恐ろしくもあった。
「明也、アンヘルは、俺が止めるから安心しろ」ケヴィンが言った。
「まかせたよ、ケヴィン」明也は笑って言った。
(続く)