レイソロスタウンに生まれて、ホワイトボーイズタウンで育った矢野明也。7才の頃からニューライジングサンを目指して自転車で通っていたのは、2年前までの事。あの頃と家が変わった。学校も変わった。クラブは変わってない。ライジングサンも変わってない。ニューライジングは今日も町のランドマークだ。ニューライジングサンに入ると風の音が聴こえてくるが、ピッチ上で風は感じない。だが、さっきは確かに風を感じた。「何故だろう」
ロンドンのことを考えている内にボールへの集中を欠いて、普段感じない空気を風と感じたのかもしれない。明也は、またリフティングを開始した。今度は更にひどかった。ボールに集中出来ず続かない。リフティングする時に集中なんて考えたことが無かったのに。グランドキーパーが言うように、今日の自分は、違う自分と思いたかった。矢野明也は、出せない答えに心が揺れている。
「答えとは、自分で決めることだよ」そんな声が聞こえた気がした。振り返ると誰もいない。声がしたその先には、銅板の古いモニュメントがあった。そのモニュメントは、そこにあることすら忘れられていた。そこに描かれているのは矢野晃だった。明也は、ひいおじいちゃんの声が聞こえたのかと思い、一瞬凍りついてしまった。「答えとは、自分で決めることだよ」その言葉が頭から離れなくなった。今年12才になる少年が、真に自分の意思で決められることなのかわからない。
5年前、レイソロスのスクール生がレイソロスジュニアチームに進まずライバルチームに入団した。練習場まで1時間はかかる道のりを七才になる前の少年が毎日自転車で通っていた。レイソロスタウンで弄られながら、田園地帯で季節の移り変わりを見ながらライジングサンを目指して、東の風を受けながら。あの時も、ホワイトボーイズを選んだのは明也自身だった。回りは、レイソロスに行くことを勧めていた。レイソロスの親会社に勤務する父に心配をさせることが頭にあったが、それを忘れさせる程ホワイトボーイズのスタイルに惹かれていた。結果的にあの時の選択が、今回のロンドン行きに繋がっているように思える。レイソロスタウンにある高台から東を見渡すと、地平線に浮かんでいるようなニューライジングサンが見える。ニューライジングでプレーすることを強く意識してそれを目標にしてきた矢野明也は、遥か彼方のロンドンに行くことが現実のもと思えなかった。
地平線の遥か彼方、ユーラシア大陸の西の果てを超え、その先にあるイングランドの地に向かうことが、どんなことになるのかわからなかった。プレミアリーグへの憧れと未知の世界に行く不安が交錯していた。
入団テストは、7月だった。入団テストは受けよう。そこで決めよう。明也は、少しだけ結論を先送りして、自分に納得していた。
辺りは、日が暮れて来たが、明也はまたリフティングを始めた。すると突然ニューライジングサンに照明が入った。ピッチの芝が照明の光を反射している。「明也、まだいたのか、今日は、照明点検と器具交換があるからしばらく居てもいいよ」グランドキーパーから声がかけられた。「それじゃ、みんなを呼んでもいいね」明也が言うと「内緒でな」と返ってきた。
ニューライジングサンに、和、仁、良といったホワイトボーイズU−12メンバーが20人程集まって来た。ニューライジングサンでゲームに出る。明也は2回目だったが、他のメンバーは皆ニューライジングサンのピッチでゲームすることが初めてだった。「ハーフコートの10対10でいいね」明也がの声に「ゴールはボールボックスを横にすればいいよね」和が続けて言った。
ゲームは、照明点検が終わるまで続いていた。ゲームを見ていたグランドキーパーは、「この子たちはトップの選手よりも上手い」「このクラブの宝が溢れた年代だ」点検が終わったのは夜の10時を過ぎていた。
(続く)