10時間を超すフライトの疲れとカラダのコリは、自転車乗りによって解消され、十分に汗をかいていたのでアップも要らなかった。明也がボールを持つと大人達が脅すように間合を寄せボールを奪いに来た。大人達は、明也を試すように軽い気持ちでボールを奪おうとしていた。次の瞬間この寄せていた大人のプレーヤーが見たものはなんだったのだろう。ボールを動かす明也のいくつもの残像だったのかもしれない。明也が動いた元の場所にチェースしている。周りの味方は、その姿がのろまで無様に見えたのだろう。皆が笑っている。しかし、当の本人は必死だった。最後は痺れとイライラによって、最後はボディアタックの様なスライディングでボールと明也のカラダを吹き飛ばす特攻スタイルになった。だが、飛び込んだのは明也の残像があった場所。周りからは、ただ誰もいないスペースにスライディングをした様に見えていた。
「しっかりしろよ、クリス」「相手は子供だぞ」そんな声がかけられた。明也はボールを持ち続け、前に進んでいる。今度は声をかけて来た15才の少年が寄せて来た。明也のプレーは一瞬だった。明也が肩を動かしただけで少年は足を滑らせていた。「ジャック、何やってる、受身の練習か、そう言えばお前は、柔道やってたな」ワンプレーワンプレーにヤジが飛んでいる。「ボールはこうやって奪うんだよ」そう言って、2人のセントラルMFがフェイントを入れながら、誘うように詰めている。この2人は、チームの中心なのだろう。とても上手そうな動きだった。この2人には、明也のするドリブルが、普通のレベルにしか見えなかった。「ほら獲れた」MF1人からそんな声が上がった。でも直ぐ「あれっ」という声が続いた。獲ったと思ったボールは依然明也の足下にあり、明也は遮ぎるものがない場所を行く様に2人の間をすり抜けていた。この2人に見えていたものも明也の残像だったのだろう。
明也にここまで持たれると大人達も真剣になる。子供だからと手加減する意識など無くなってなっていた。ディフェンス4人が明也の前のスペースを消しながら、本気で寄せて来た。しかし、この4人が見たものは同士討ちしてぶつかり合うだけの自分達自らの姿だった。日本人の少年が、消えたようにしか思えなかっただろう。そして、ゴールキーパーは、自分が映像の世界にいる様な幻覚を見たのかもしれない。味方がぶつかっている時、既に自分の目の前に日本人の少年が来ていて、慌ててセーブしようと倒れた時には、日本人の少年に脇を通過されていた。自分の動くスピードは、スローモーションのようになって、夢を見ている様な感覚だった。明也のこのプレーの最後は、ピッチの21人が見ていた。明也はゴールラインを通過するまでドリブルを続け、ラインを越えるとボールをリフトアップして手に持ち替えセンターサークルに戻って行った。
ピッチにいた敵も味方も、ベンチで見ていた人までが、呆気にとられていた。「ヤツは何者だ」そんな声が上がった。「ジャックがそこで見ていた日本人の少年を誘ったようだ」「今日、ロンドンに来たらしい」「まだ13才だとジャックが言ってたよ」
大人達はこの日本から来た少年のプレーに感心し、脱帽した。それでも彼らは、今起きたことは、日本から来たばかりの子供を少し舐めてかかったから起きた事故だと気持ちは切り替わっていた。その後は、再び中盤を省略したロングボール合戦が続く。空中戦は、明也にとって分が悪い。身長差が、40㎝はある。大人達は、驚きから解放されて、いつものフットボールを続けている。
スパーズのサポーターチームの人達はキックする力がとても強い。50m位の速いボールのパスを出す人ばかりだ。キック力だけは、Jの選手より凄い。そんなキックと空中戦が続いていたが、明也はボールの動きを観察していた。中盤センター付近を漂う様に動いて。ただし、明也のそばには、ジャックと呼ばれた明也をゲームに誘った少年が付いていた。日本から来た自分より年下の少年に負けたとあっては我慢ならないのだ。明也は、ボールの動きを見ながら、ジャックの動きもよく観察していた。
(続く)