明也は、ドキドキしていた。昨日ホワイトハートレーンに行ったことがバレてしまった様だ。そんな中でハーフコートゲームが始まった。明也は、リオン・ファントマが話したホワイトハートレーンのことが気になって集中を欠いている。明也にボールが出ても心ここに在らずになってミスしてボールロストしている。赤ビブスチームも青ビブスチームも逆に面食らった感じだ。「どこがリオンなんだ」「さっきのプレーはなんだったんだ」締まらない明也のプレーは、チームの足枷になっている。次第に明也にボールは出ることが無くなって、明也は前線でゲームに入れなくなってしまった。
「リオン・ファントマはここにいる。昨日ホワイトハートレーンに現れたのは、私の偽物だったのだろう。ところで、今日からアカデミーに入った明也はどこに行った。姿が見えないな。帰ってしまったのかな」リオン・ファントマが明也の近くに来ていた。「明也、君は明也であってリオン・ファントマではないんだよ。君は君のプレーをすればいい」リオン・ファントマはそんな言葉を明也にかけていた。
明也は、1人でホワイトハートレーンに行ってスパーズのサポーターとフットボールをしたことが問題になると心配でならなかったが、リオン・ファントマの言葉でなぜか気が楽になり、ゲームに戻って行った。
明也の赤ビブスチームは、1人少ないのと同じで劣勢になっていた。失点こそしてないが、完全に押し込まれて、今は青チームのコーナーキックになった。正確なプレースキックの速いボールがニアサイドに入った。青ビブスの選手がヘッドで角度を変えるとボールはゴールに向かう。「入った!」そう見えたところに突然人が現れてボールを胸トラップしてそのままゴール前を出た。明也だった。青ビブスの選手が明也を止めに行く。両チームの選手で密集になっているところだったので蹴っても人に当たってしまう。明也はドリブルで抜け出す判断をして、ボールを動かす速度を上げる。青ビブスの選手達は明也に覆いかぶさる様にチャージに来た。明也は、大きな波に呑まれたようで外からは見えない。
危険な場所でのボールロストは即失点という代償を伴う。ラグビーのモールの様になった状況は、絶体絶命だった。「蹴り出せ」「コーナーに逃げろ」赤ビブスチームの声が出ている。次の瞬間、密集からボールが出て来た。その後に明也も続いている。赤青のビブスに囲まれ、見えなかった矢野明也は、何も無かった様にドリブルしている。前は開いている。明也は見る見るうちに速度を上げていた。追いかける選手は誰もいない。ゴールを守るのは、本来のキーパーがスイーパー的な役割をしている。その選手が明也の進行方向を塞ぐ様に立ちはだかった。
ファールしてでも、手を使ってでも止めるくらいの場面だった。でも、そのスイーパー役の選手は何も出来なかった。ただすれ違う様に、矢野明也は、「するり」と透り抜ける様にスイーパーを交わしてボールを運び続け相手サイドのゴールラインを通過した。
「何だ、あいつは」「どこの星から来た奴だ」赤も青のチームも驚き以外、何も無かった。6:6のゲームで見せたドリブルもワンタッチプレーも、今見せたプレーもこの世のものとは思えなかった。コンピューターゲームの世界、バーチャルな世界のモノにしか見えなかった。
「とんでもないヤツが入って来たぞ」「これがアンヘルを諦めても取ったヤツなのか」
矢野明也の練習初日は、驚きと共に終了した。この初日の練習で明也は、アーセナルアカデミーに有無を言わせぬ強烈な印象を与えた。それは、アーセナルアカデミーに新しいリオン・ファントマが現れたという伝説の始まりとなった。
(続く)次回連載は、新年1月8日