このワンプレー、アカデミーのスタッフが見たものは、矢野以外の選手が重りをつけられてスローモーションになった様な動き、石にされた場面だった。矢野とボールだけが動いている。
アカデミーのスタッフは、何が起こっているのか飲み込めない様子だったが、とんでもない少年がいると直感した。そして、すぐさまアカデミーのクラブハウスに向かって走り出した。「あの少年は魔法使いだ」
クラブハウスに入ると大声を出してコーチ達を呼んだ。クラブハウスには、ユースチームのコーチとスカウティングスタッフが集まってモニターをチェックしていた。コーチ達は、アカデミーのスタッフが発した大声に驚いて、声の方に目をやった。
「アカデミーのテストを見に来てください。魔法使いの少年がテストに来ています」と叫んでいた。「魔法使いとは大袈裟だね」「ゲームチェックは終わったのかね」コーチ達は、アカデミースタッフの行動を注意こそするが、取り合う気配は無かった。それでもアカデミースタッフは、熱く語っている。スカウティングスタッフの1人が「自分が生で見て来るよ」と言ってクラブハウスから出て行った。
アカデミーのスタッフとスカウティングスタッフがピッチサイドに戻った時、矢野のグループは、3点目のゴールを決めるところだった。そして、全てのゴールに矢野が絡んでいた。この時には矢野のグループのゲームは、いつの間にか、アカデミースタッフ全員がチェックしていた。
アカデミースタッフは、「あの少年は瞬間移動する能力を持っているようです」「あの少年は時間を止めてしまう力を持っています」「あの少年はリオンの再来です」そんな言葉をスカウティングスタッフに伝えていた。「リオンの再来とは、大きく出たね」「見てみよう、今までもリオン二世はたくさんいたからね」「でも、リオンのレベルに到達した選手は、いないよね」スカウティングスタッフは、モニターで見られなかった矢野明也を自分が見てみようと思った。その時、コートでは矢野のドリブルが始まった。
この後ピッチで起きたことに、スカウティングスタッフは、夢でも見ているのかと自分の眼を疑った。矢野のドリブルは、確かに上手いと感じるものがあった。リオンのドリブルと何処か似ているようにも見える。でもそれだけではと思った。だが、ディフェンダーがチェックに行くと、矢野はただすれ違う様に抜いて行く。ディフェンダーは、ボールにも矢野の体にさえ触る事が出来ない。「あの少年は、まぼろしか」そんな風に思ってしまう。キーパーも抜いてしまった。キーパーもファール覚悟でブロックに行ったのに手でも触れなかった。キーパーはただ空を切る動きをしているだけだった。
リオン・ファントマ。名前の通り「幻」と呼ばれ、「イリュージョニスト」と言われたアーセナルのレジェンド。アーセナルの中心としてプレミアリーグとFAカップそしてチャンピオンズリーグを三連覇した時の選手。アーセナルフットボールアカデミーの史上最高傑作と言われ、唯一無二のボールタッチ技術とシュート技術でバロンドールを6回とった伝説のフットボーラー。リオン・ファントマがいなかったら、石木克人はバロンドールを取っていただろう。そんな伝説のプレーヤーと矢野明也は、比べられている。
矢野のグループは、2点ビハインドから一気に4点奪ってゲームを決めてしまった。次のセミファイナルとでもいうべきゲームは、矢野明也が別の姿を見せる。ピッチの中央に位置して長短のパスを配給、時折見せるドリブル突破でラストパスを出し全得点を演出する6アシスト。プレーメーカーとして高い能力をみせた。
そして、ファイナルは、テストのおまけの様だった。もう一つのブロックを勝ち上がったグループは、矢野明也を際立たせるゲームでしか無かった。矢野明也は、得点こそ1点だったが、またも5得点全てに絡む輝きを見せた。
(続く)