「明也、今日父さんがオフィスに行ったとき、呼ばれた部屋には、アーセナルのマネージャーが居たんだよ」父の言葉に「マネージャーって、リオン・ファントマのこと?」「何で教えてくれなかったの」と明也が父の方に向いて立ち止まった。「サインを貰えたよね」という明也に「サインはまた貰えるよ」そう父は答え、また歩き出した。
少し沈黙の時間が過ぎていた。
すると父は、話し始めた。「明也、リオン・ファントマがお前とプロ契約をしたいと言ってきたよ」「リオン・ファントマは、お前のことを知っていたよ」「拓哉爺さんが送って来たDVDを見ていたそうだ」明也は、リオン・ファントマが自分を知っていたことを喜んでいた。「今日のテストは、『お前を確認するテストだった』と言っていたよ」アーセナルアカデミーの入団テストにディフェンス系2名の欠員が出てその補充をするとしたのは、明也を試すために作られた状況だった。
「まだ12才だから、正式なプロ契約は、17才になってから」「アカデミーに入団して、グーナーズハウスに入居して欲しいそうだ」明也は、父が何を言っているのか理解出来てない様だった。「家族で引っ越すの?」ハイベリーヒルは、アカデミーに近いし、スタジアムにも近いからいいなぁと思ったのに」明也は、家族でグーナーズハウスに行くと思っている。
「明也は、1人でグーナーズハウスに行くんだよ」「プロ契約というのはそこから始まるんだ」父の言葉に明也は黙ってしまった。
家族と離れた1年は、明也を成長させた。フットボールに集中出来た。自分で決めたことを自分でやり続ける習慣ができた。それでも、母や姉と離れて暮らしたことは、寂しさを増幅させていた。フットボールの天才もまだ12才の少年である。精神的な成長は、まだまだこれからのことだろう。
明也は、また家族と離れ暮らすことになるのは、嫌だった。今度は、おじいちゃんも居ない。ロンドンに住むということは、明也の好奇心を掻き立てたが、現実は違う方向に進もうとしている。「僕は、どうしたらいいの?」明也は、テストに受かった事など忘れていた。「明也はどうしたい?」父の言葉に「そんなこと簡単に決められないよ」「ロンドンに来るとき覚悟はしていたけど、全然状況が違うよ」遂に明也は泣き出してしまった。明也は、混乱した状態でハイベリーヒルの坂道を下りて行った。
「明也は、ハイベリーのピッチに立ちたいんだろ、だからロンドンに来たんだろ」父の言葉が、九里ケ浜にいる祖父の言葉の様だった。「ニューライジングサンはどこへも行かないよ、明也が戻って来たくなったら戻って来ればいい」「イングランドで、もっと上手くなって帰ってくればいいんだよ」ロンドンに立つ前に祖父から言われた言葉が蘇った。
「回答は、月曜日にする。早く家に帰ろう」明也は、父の後から続いた。
帰宅すると、母と姉が結果を聞いてきた。「受かったよ」明也は、それだけ言って自分の部屋に入ってしまった。「一人で考えさせなよ」父と母の会話があった後、母は夫から今日の結果を聞いた。「プロ契約?明也はまだ12才だよ」それが普通の感覚だろう。
明也の仮契約金は、500万ポンドの準備金と毎日の生活費と教育費用一式が5年間だった。そして、17歳になったときの本契約金は、1000万ポンドとオプション追加権がついていた。破格の条件だった。極め付けの青田買い条件だ。ホワイトボーイズに同じ金額、1000万ポンドが支払われることも記されていた。他の国から移住させての引き抜きは、規約に抵触してしまうが、明也のようにロンドンに移住してからアカデミーで育成された選手は規約に触れることは無い。
この破格の条件をフットボールの神様と言えるリオン・ファントマから直接提示された明也だった。
(続く)