17歳のセンターバックと二十歳を過ぎたばかりのディフェンダーが並ぶ最終ライン。19歳のセンターフォワード。控えにいる若きクラブのビッグネーム。数年前オランダ国内リーグ、エール・ディヴィジョンの連覇記録を作った名門クラブは、ヨーロッパのカップシーンにおいて長く低迷してきた。それは、一時世界の頂点に立った思われたオランダサッカーが衰退した象徴だった。このクラブが最後に獲得したヨーロッパのタイトルは、94-95シーズン迄遡らなければならない。
かつて、トータルフットボールと呼ばれた新システムによって、フットボールに非線形の進化をもたらしたクラブ。トータルフットボールは、従来型フットボールを無力化し、淘汰していった。このクラブが作り上げた育成システムは、今ではカタルーニャのスタンダードとなっているが、10年程前までは時代を代表する突出した才能を生み出してヨーロッパ各国のビッグクラブに輩出していった。
アヤックス・アムステルダム。今ではノスタルジックな響きに感じてしまう。
アヤックスは、ティキ・タカの原風景であり、スペースという空間の概念、アクティブ・フォーメーション、ポジショニング、プレッシングと言った現代フットボールのセオリーを創り出した。
アヤックスは、チャンピオンズカップ時代に3連覇を達成、CL後に1回(2年連続でファイナル進出)、計4回ヨーロッパの頂点に立っている。その後、20年以上ヨーロッパタイトルと無縁になると次第に育成システムも劣化して、ビッグネームの輩出もなくなり、今では過去の栄光だけが語られるクラブになってしまった。
そのアヤックスが期待を裏切って(?)今年のヨーロッパファイナルに進出した。それも微妙なカップ戦、ELと呼ばれる大会で。
今年のCLは、ブッフォンを中心に最強の守備で勝ち抜いたユベントスと連覇のかかった白い巨人が、ウェールズの地で覇権を争う。メディアも、CLタイトルとバロンドールをかませて賑やかだ。世界最強を決める(ほめ過ぎであるが)大会のファイナルは、近づくにつれ、賑やかさを増すだろう。
ELはリーグチャンピオンやビッグクラブが集まる世界最高タイトルのCLが一部リーグだとすれば、当に二部リーグの扱いだ。ヨーロッパ中堅クラブの頂点を決める大会と言うのが実のところ。群雄割拠して毎年王者が変わり、大会連覇したクラブが無いCLと違い、ELは、連覇するクラブも多く、近年スペインのクラブに独占されてきた。アトレティコ、ビルバオ、セビージャ。セビージャは、3連覇を達成している。ヨーロッパの連覇と言えば、CLがチャンピオンズカップだった頃、クライフおじさんやカイザーおじさんがいたアヤックスやバイエルンが記憶に残る。(ノッティンガム・Fやレッズ、ミランも連覇した)
ヨーロッパのチャンピオンを決める大会、そんな冠をつけることがはばかられる大会、それがELだ。ELはトップリーグの4位5位と弱小リーグのチャンピオンのトップを決めるB級リーグだという誹りを受けることもある。ビッグクラブがこのタイトル獲得を目標には出来ない。何故なら、国内リーグで優勝争いに絡まなかった事が前提だからだ。
そんな長い前置きの必要な微妙なヨーロッパタイトル、ELファイナルにアヤックスはたどり着いた。
ファイナルの相手は、ビッグクラブの代表、赤い悪魔、マンチェスター・ユナイテッド。ここ数年、サー・アレックス時代からの転換に躓き、迷走しているクラブ。そんなビッグクラブが国内リーグのCL圏内争いを捨てて(ターンオーバーでELを優先して)ELを獲りに来た。
マンチェスター・ユナイテッドは、移籍マーケットにおいて、ファイナンスパワーを背景に、同じDNAをもつ、チェルシーやシティ、PSG、そしてスペインの白い巨人と争い、主役の座を占めてきた。「パニック・バイヤー」と揶揄される移籍マーケットの爆買い王者ユナイテッドが、〇〇真面目にELを獲りに行くなと言いたいところだが、これには当然理由がある。EL優勝チームは、翌シーズンのCL出場権を獲得するからだ。最近出来たレギュレーション。きついスケジュールでシーズン終盤にプレミアリーグの上位チームとCL出場権を争うのと中堅クラブ相手のチャンピオンになるのとでは難易度が違う。スペシャルワンでなくても考えることだ。
プレミア勢は、今シーズンのCLで全チームがQF迄に敗退している。ここ数年、ヨーロッパで活躍しない。CLファイナルといえば、5シーズン前のチェルシー迄戻らなければならない。ユナイテッドのヨーロッパファイナルもバルサに木っ端微塵にされたCLファイナル以来となる。プレミアリーグの威信にかけてELタイトルとCL出場権を獲りたいだろう。スポンサーの圧力と契約特約によって、来シーズンのチーム財政に大きな影響を受けるからだ。
一方、オランダ勢のタイトル獲得は、ELの前身UEFAカップ時代の02-03シーズン、ロッテルダムの14番をつけたジパングの魔法使い、シンジ・オノが躍動した時代まで遡る。ロッテルダムが、ヨーロッパの強豪だった時代、オランダのクラブが強かった時代末期のこと。70年代にアヤックスが初めてCLチャンピオンになった前年、ロッテルダムがオランダ勢初のヨーロッパチャンピオンになった。オランダの時代を開いたのはアヤックスではなくロッテルダムだったかもしれない。ヤングアヤックスの選手は、オランダのクラブが衰退したと言われた時期に育ち、クラブのタイトル獲得は、歴史として知っているだけだ。そんなクロックワーク・オレンジの卵達が挑む、未知、未体験の戦いの場がELファイナルとなった。
育成を積み重ねて生まれた若きアヤックスとお金を積み上げて作られたユナイテッド。
アヤックスの守備は個のセンスと若い力任せ、攻撃はこれもセンスと閃きという予測不能なもの、「攻撃は最大の防御」を地で行くのがヤングアヤックス。
そして、リアクションフットボールの大家とも言えるスペシャルワンのユナイテッド。普通の見方をすれば、ユナイテッドの4-1が、妥当だろう。アヤックスに目があるとすれば、3点取られても4点取る。そんなゲームになった時。アヤックスのホームスタジアムがその名を冠するクラブのエヴァンゲリスト、ヨハン・クライフの理想、スペクタクルフットボールが実現された時だけだ。
ヨハン・クライフ・アレナとなったアヤックスホームスタジアムが17-18シーズンのCL会場となる事を願うとしよう。