トータルフットボールとは、1974年西ドイツワールドカップ(ドイツが東西に分かれていた時代)のオランダが使った戦法・戦術を総称した言葉だ。一般的な定義は「ポジションが流動的で全員攻撃、全員守備をする戦法」、当時のメディアが使った言葉だったが、サッカーの戦術革命を表現する言葉だった。
トータルフットボールの登場は、サッカー戦術に革命を起こし、74年を分岐点として、サッカー戦術は大きく変貌を遂げ、トータルフットボールは、理想のサッカースタイルとして、各国の代表チームやクラブチームが追い求めるものなった。
トータルフットボールは、後のサッキミランに継承され、特にトータルフットボールの代表的な戦法である「プレッシング」「ワンタッチプレー」「コンパクトゾーン」が独自の進化を遂げ、現代サッカーのスタンダードとなった。しかし、トータルフットボールを継承したサッキミランの登場により、トータルフットボールという言葉、表現は消えてしまった。トータルフットボールを構成する戦術の一部であったプレッシング、ワンタッチプレーが、「プレッシングフットボール」「ワンタッチフットボール」という名称で呼ばれることによって。
トータルフットボールは、74年ワールドカップのオランダ代表のみを指す名称となっていた。そしてこのオランダ代表以降トータルフットボールを実現したチームは存在しないとも言われるようになった。なぜなら、トータルフットボールの実現には、その中心(渦巻きの目)に絶対欠かせない選手が必要だったからだ。AJAX14番が必要だったから。AJAX14番がいないトータルフットボールは存在しない。88年ユーロ型のオランダもトータルフットボールの再来と言われたが、渦巻きではなかった。8番‐9番‐10番のトロイカだった。よく似ていたが違うものだった。
そして90年代、AJAX14番により、スペインの地にポゼッションフットボールが伝えられた。美しいパスサッカーを実現する戦術スタイルとして。しかし、AJAX14番が伝えたポゼッションフットボールもトータルフットボールと呼ばれることはなかった。AJAX14番は渦巻きの中心にいなかったから。AJAX14番はもう現役のプレーヤーではなくベンチにいたからだ。
AJAX14番が伝えたトレーニングに「ロンド」というボール回しがある。92年のインターコンチネンタルカップ(今はクラブワールドカップと呼ばれる)には、ヨーロッパチャンピオン(まだチャンピオンズリーグではなくチャンピオンズカップと言われていた時代)バルセロナが来日した。AJAX14番の指揮するゲーム前のアップでやっていたロンドを見た。トレーニングは「ロンドに始まりロンドに終わる」と言うものだ。ドリームチームと言われたチームのアップにAJAX14番が加わっていた。全てダイレクトのパス回しだ。当時の世界最高クラスの選手とパス回しをするAJAX14番は、最も美しく、最も輝いていた。格が違った。20年近い時間の流れが嘘のような光景だった。この時既に、AJAX14番はトータルフットボールと共に生きる伝説となっていた。トータルフットボールはサッカーの理想だったが、トータルフットボールを実現することはもはや不可能になった。AJAX14番がピッチに立つことがないから。
AJAX14番が伝え、バルセロナで進化を遂げたパスサッカーは、ポゼッションフットボールと呼ばれる。どんなに美しくてもどんなにスペクタクルでもトータルフットボールと呼ばれることはない。
トータルフットボールは、伝説として語り継がれるものになったから。
[蛇足]※トータルフットボールに係わる用語抜粋
1)渦巻き
2)ローテーション(ポジションチェンジ、ポジションレス)
3)ボール狩(プレッシング、フォアチェック)
4)オフサイドトラップ
5)コンパクトゾーン
6)ダイレクトプレー(ワンタッチ)
7)スペース(空間認識)
8)ポゼッション
9)アヤックススタイル
10)機械仕掛けのオレンジ