アンヘルのプレーは、「Phantom through」そのものだった。オールドトラフォードは「Angel through」を連呼していた。
Theater of dreamsにおいては、「幻の通過」ではなく「天使のすり抜け」という呼び名に変わった。
矢野明也は、驚きで声が出なかった。だが、アーセナルメンバーの驚きは、もっと大きかった。クラブのレジェンド、リオン・ファントマのプレーを見せられ、なにもできず失点した。ショックは、プレーの質に影響する程、メンタルにダメージを与えられてしまった。そして、それ以上にケヴィンの落込みは深刻だった。押さえたと思ったボールをアンヘルはすり抜ける様に奪っていった。アンヘルは、ボールが足に貼り付いたドリブルで突っかけることはあっても、あんなプレーはなかった。すり抜けられた原因がわからなかった。生で見た明也の「Phantom through」を凄いプレーだと思っていたが、自分が同じことをやられると、見ているよりも凄さを感じた。アンヘルの凄さ、「天使の姿をした悪魔」を見せられた。
「ケヴィン、まだこれからだよ」「ワンプレーで終わりじゃないよ」明也がケヴィンに声をかけてセンターサークルにボールをセットした。
アーセナルのキックオフで再開。ユナイテッドは、プレススピードが上がっている。アンヘルは、明也とケヴィンを狙っていた。アーセナルのUー17はこの2人がキーだ。事前の練習でもずっと名前が出てきた2人への対抗心が、アンヘルを動かしている。
ケヴィンにボールが渡る。アンヘルが近づく。ケヴィンの様子がおかしい。普段のケヴィンとは、別人にだった。慌てたケヴィンは、ボールをただ前にフィードしてしまった。クリアの様にオープンスペースに飛んだボールは、数バウンドしてラインを超えた。ユナイテッドのゴールキック。ユナイテッドは何もしないままマイボールを手にした。
シーズンの始めから、アーセナルU-17チームは、ゲームを圧倒的に支配し、勝利を手にした。全勝でシーズンを折り返すという快挙は、選手に自信と勢いをもたらした。だが、勝ち続ける状況は、危険な副作用を伴う。いつの間にか自信が、過信に変わって来る。そこに気付く人はいてもそこに真摯に向き合い、対処まで出来る人は希だ。ハイベリーで後半だけ出て来たアンヘルに4点取られたことを覚えていても何故そうなったかまでは記憶していない。
勝ち続けると時にそれが当たり前になって、歯車の狂いに気付かなくなる。連勝の後の連敗というのはよく見られる光景だ。リーグ前半を連勝で折り返したアーセナルは、どこか緩みがあった。だが、その事に気付いた人は少なかった。
ユナイテッドの攻撃は、オールドトラフォードのサポーターを一層元気付ける鮮やかなものになっていた。ユナイテッドはどちらがガナーズかと思わせるような、流れるようなパス交換から、ボールがアンヘルに繋がる。そこから先はアンヘル・ジアブロのワンマンショーが始まった。ボールがアンヘルに渡った時点でアーセナルの守備は、ただの置物になった。ユナイテッドの2点目が記録されたのは、先制点からわずか、2分後の前半15分だった。躍動するアンヘルの前でアーセナルのDFは無力だった。特にケヴィンはDFに加わる事すら出来なかった。
アーセナルメンバーは、完全に呑まれてしまった。
(続く)