Theater of dreams オールドトラフォード
クラブレジェンド、マット・ハスビーの銅像が見守るマンチェスターユナイテッドのホームスタジアム。四半世紀に及ぶサー・アレックスの時代に栄華を極め、プレミアの雄として君臨したレッドデビルスは、今長い冬の時代を過ごしている。二部陥落という事態は免れているが、毎年降格圏をさまよう下位のチームとして定着してしまった。
「たらればの話」ながら、もしも二部に降格していたら、もっと早く根本的な改革が出来たかもしれない。サー・アレックスの末期以降、パニックバイと揶揄される贅沢な資金を使った補強を繰り返し、下部組織の才能豊かな選手を見捨て、トップに上げることもテストすることもしなかった。レッドデビルスの長い迷走にクラブレジェンドは、とうに愛想を尽かし、サポーターも激減してしまった。過去の栄光はチームに重くのしかかり、意図しない道を進んでいた。
そんなマンチェスターユナイテッドがここ数年下部組織の充実を図り始めていた。ロンドンのクラブは、育成実績をキャッチフレーズに才能確保競争を繰り返している。そして、イングランド中の有力な選手は、全てと言っても良いほどロンドンに拉致して行く。マンチェスター地区からも多数の優秀な子供がロンドンに行ってしまった。
レッドデビルスの復活は、下部組織の復活無くしてはあり得ない。クラブOBで現クラブディレクターを務めるデビッド・ラッシュフォードは、就任した5年前から下部組織の充実を手がけている。ロンドンのクラブ、取り分けアーセナルの下部組織を超えることを最大目標としていた。
3年前、アンヘル・ジアブロを引き抜いたのは、偶然の賜物だったが、それはユナイテッドの下部組織を一気に活性化にさせることになった。アーセナルが手離したアンヘル・ジアブロは、天才だった。アンヘルは、他の選手に刺激を与え、共にプレーすることの喜びを与えた。アンヘルは、あっという間にユナイテッド下部組織の希望となった。そして、今ではマンチェスターユナイテッド、レッドデビルスの希望になろうとしている。トップチームが下位を彷徨い続けているマンチェスターユナイテッドが救世主アンヘル・ジアブロに寄せる期待は、並々ならぬものだった。
アンヘルは、母国アルゼンチンの英雄リオネル・メッシの生まれ変わりとうたい文句でイングランドにやって来た。アーセナルのU−7から始まりU−9からU−12までは、アーセナルの中心選手として頭角を現し、いつも1年上の年代のチームに飛び級してプレーしていた。矢野明也がアーセナルに来るまでは。
突然訪れた矢野明也。3年前にアーセナルが実行した矢野明也の獲得は、まだ体格的に奥手だったアンヘルを窮地に追い込んだ。同じポジションの選手は2人要らないという発想で、アンヘルをU−12に足踏みさせることになった。
アーセナルは、チーム作りを丁寧に行い、いずれはアンヘルを明也と共にクラブの中心にするつもりで大事に育てようとしただけだった。だが、それは、アンヘルのプライドを傷つけることになった。そして、アンヘルを注目していたユナイテッドのスカウトマンの網にかかって、アンヘルはマンチェスターに向かってしまった。これを境に、グーナー達に愛されたアンヘル・ジアブロは、二度とアーセナルのユニフォームを着ることがなかった。
(続く)