75-76イングランドU-17リーグ初戦、アーセナル対マンチェスターユナイテッドのゲームは、秋晴れのハイベリースタジアムで行われた。ハイベリーは、8万の観客席が埋まり、開始前からU-17のゲームとは思えないほど盛り上がりを見せていた。
「この国の人は本当にフットボールが好きなんだな」明也がつぶやく。「みんなお前を見に来てるんだよ」ケヴィンが明也をからかうように応えている。「今日は、アンヘルも来てるし、それも気になるだろうしな」
「またアンヘルか」明也は、自分の思いとは別のところで周りの興味が動いていることに違和感を覚えたが、明也自身もアンヘル・ジアブロのプレーに興味があったのは事実だった。
マンチェスターユナイテッド、赤い悪魔という名前の伝統あるビッグクラブは、リオン・ファントマが登場した頃から低落傾向が続き、プレミアリーグ下位に低迷している。クラブOBが喧しいクラブであるがゆえに、クラブ運営は迷走し、ぶれた状態が続いている。そんなユナイテッドは、3年前にアーセナルから移籍させたアンヘル・ジアブロに大きな期待を寄せていた。昨シーズンのマンチェスター地区のU-15リーグ得点王とアシスト王をダブルで獲得したアンヘル・ジアブロを二階級ジャンプアップさせU-17に昇格させていた。そのデビュー戦になるのが古巣アーセナルのホームハイベリーになったのは何かの因縁かもしれない。
スタンドは満員、グーナーは「リオンの再来」と言われる矢野明也を見に来ているようだ。ゲームは、ホームアーセナルが、開始からアーセナルらしい機能美ともいえるパスをつなぎユナイテッドを追い詰めていく。ケヴィン・クランツのプレーがアーセナルの美しさに強さという味付けをしている。そして攻撃の決め手は、やはり矢野明也のドリブルだった。パスの機能性を極限まで追求するアーセナルのスタイルに矢野明也は別次元の力を加えていた。アーセナルは、前半ユナイテッドゴールを破り続ける。明也が見せるドリブルは、ユナイテッドディフェンスを無力化し、リオンの再来という名の通りのプレーを披露した。明也本人が3点、ケヴィンに出したラストパスが、3本、ケヴィンがおふざけダイビングヒールで1本外したが2点、ユナイテッドのOGの1点、合計6点が入りゲームは、前半で決まってしまった。
後半、ユナイテッドは、決まってしまったゲームにアンヘル・ジアブロを投入してきた。3年ぶりに見るアンヘルは相変わらず背が低かった。1m50cmを少し超えたくらいか。天使という名前の通り、可愛い顔をしている。ハイベリーのグーナーは、11才のアンヘルを覚えていた。「変わってない」それが正直な感想だろう。アンヘルの登場にグーナーから大歓声が上がり、アウェーチームの選手を迎える雰囲気ではなかった。それ程グーナーはアンヘルを愛していたのだった。
アンヘルの投入でユナイテッドの動きが激変した。ユナイテッドは、ボールを保持するとアンヘルに集める。アンヘルは、右サイドから中にカットインしてアーセナルディフェンスを翻弄する。かつて一緒に練習した選手も成長したアンヘルのドリブルについていけない。裏を、逆を取られエリア侵入を何度もされてしまう。ケヴィンもアンヘルの動きを止められない。後半開始数分でユナイテッドは、2点を返してしまう。やはりアンヘル・ジアブロは、メッシの再来と言われた選手だった。アンヘルの投入でゲームの流れが変わり、ユナイテッドは、アウェーチームと思えない自信を持ったようだ。
その後もアンヘルにボールを集めるユナイテッドの戦術は、アーセナルを追い詰め、アンヘルが3点目、4点目を奪う。スコア6-4。ハイベリーのスタンドからアンヘルコールが起こる。アウェーチームの選手をコールするなんてありえない。
アーセナル選手達は、表情を失う。特に矢野明也は戸惑いの色を隠せなかった。
(続く)