得点は、チームに勇気と競争力をもたらす。レイソロスは、矢野の年代にずっと劣勢だった。勝利はおろか得点すらあげられなかった。矢野には、ホワイトボーイズには、技術で劣るというマイナスのメンタルに支配され続けたレイソロスは、この得点で自信というパワーを手にした。逆に初失点によって、ホワイトボーイズのメンタルは、ズレ始め、技術を狂わせていく。レイソロスは、勢いに乗って猛攻に転じる。体力に勝るレイソロスは、技術のズレたホワイトボーイズを圧倒する。中盤の潰し合いは、悉くレイソロスが勝利する。セカンドボールをマイボールにしたレイソロスは、素早く縦に展開してホワイトボーイズ陣に殺到して行く。このクリアすら出来ない状況は、ホワイトボーイズにとって失点のシグナルであり、レイソロスから見ると得点の可能性が強くなっていた証拠となる。左右其々からのクロスボールに合わされて2点目、3点目を奪ったレイソロスは、攻撃の手を緩めない。矢野と根元まで自陣に深く引いて守備に追われる。だが、ボールの出どころを押さえられないホワイトボーイズは、制空権を持たないチーム事情もあって、更に2失点して前半が終了する。3対5とういう前半の結果に、ホワイトボーイズサポーターは、失望感が広がっている。楽勝ムードが、一転して惨敗の流れになっていた。
ピッチを見下ろす場所でゲームを見ていた石木は、ニコニコしていた。「明也、ゲームは1人では勝てないが、1人が負けたら、ゲームに勝てないよ。さあどうする?」そんなことをつぶやいていた。
矢野は、メンバーの顔が、暗く病人の様になっている事に気付かぬふりをしてコーチの話を聞いている。遠くピッチの外から矢野明也に注がれる視線を感じていたが、これも無視して後半のピッチに戻って行く。
後半、勢いの止まらないレイソロスは、ホワイトボーイズを追い回してボールを奪い、ゴールに迫る。矢野にボールが回らない。其れでも矢野は、冷静だった。フットボールは、必ず流れがあり、波がある。九里ケ浜に打ちつける波の様なもので、波に揉まれてしまうと如何ともし難くなる。そんな時は下手に力を入れるとより危険になる。寄せる波と行く波を見極めて、脱出の波にのることだ。だから、悪い流れの中で追加失点さえ凌げば、チャンスはあると信じていた。
後半開始から続いたレイソロスの猛攻は、10分程で、ペースが落ちてきた。「流れが変わる」矢野がそう感じた瞬間、ホワイトボーイズにアクシデントが発生する。矢野と名コンビを組んでいた根元和がファールを受けて足を捻挫してしまう。交代メンバーが告げられた。残り15分、根元が居なくなり、矢野にかかる重圧は大きくなった。
この時、矢野明也の祖父拓哉は、不安がピークに達した。明也を、ホワイトボーイズを信じていたが、敗戦を覚悟しても不思議はない時間だった。矢野拓哉は、ダービーと雖も、所詮はフレンドリーマッチだ、勝敗は関係ないと自分に言い聞かせて、ピッチを観ていた。でも、ピッチの明也は、まだ諦めて居ない様に見えた。いつも、ライジングサンでボールを追っている時とかわらない。拓哉は、思い直した。1点返せばゲームは、わからなくなる。
(続く)