以前「サッカーが上手いこと」の中で、ドリブルが上手いこと=サッカーが上手いことと書いた。ドリブルの上手い選手が相手守備組織を切り裂き、シュート、そしてゴールに繋がることがサッカーの最もすばらしいシーンだからだ。ドリブルが上手いこと=サッカーが上手いという定義は、1対1が戦術の基本であったときから集団戦法という組織戦術が主流となった現代においても変わらないものだ。
それでは、パスが上手いこと=サッカーが上手いという定義は成立するだろうか。パスが上手いことはドリブルが上手いことに比べて幅が広い。パスが上手い選手の代表例をあげてみよう。ネッツァーが自陣から右足(靴のサイズは30㎝:西ドイツ代表ではアディダスを履いていたが、プーマの契約選手且つプーマの靴が合っていたのでプーマの靴にアディダスの3本線を着けていた)でアウトをかけて相手左センターDFと左サイドDFの裏ピンポイントで右ウイングに出す40m超のロングパスは、芸術性あふれる技だった。ベッケンバウアーがチップキックでDFラインの裏に出す三次元のループパス(今風に言うと3Dパスか?)はDFがどうにも出来ないパスだった。バルデラマがサイドキックでリンコンやアスプリージャに出す必殺のスルーパスは、それ以降「キラーパス」の代名詞となった。パスというよりキックという方が正確な表現のベッカムの高速クロス。ニステルローイへ出されるピンポイントクロスは、ゴールに直結する瞬間芸だ。そして現代サッカーにおけるパスの理想型といわれるティキ・タカ。ポゼッションサッカーの一つの型だが、これには決まった個が存在しない。中心にはシャビやイニエスタ、シルバ、セスク、ブスケス、シャビアロンソ等が入る。バルサであればメッシも入るだろう。
日本で言うチックタックのほうが分かりやすい擬音で、クロックワーク・オレンジが源流の、ダイレクトパスが時計の音のようにつながり、選手がポジションチェンジを繰り返すプレーは、ドリブル(ソロ)とは違い、動きが調和したシンフォニーとなる。但し、ネッツァーやベッケンバウアー、バルデラマやベッカムとは違うものだ。それはゴールというクライマックスにいつも繋がるとは限らないからだ。「ボールを保持していれば絶対に点は取られない」というクライフイズムの精神がその趣旨とは違う消極的な姿勢になる危険を孕んだ諸刃の剣だからだ。しかし、本当のティキ・タカは、ダイレクトプレーが連続し、DFゾーンに生まれるオープンスペースを探し当てるようにボールが動き、最後にゴールネットに行き着く。動きの調和から生まれるゴールを奏でたボールタッチャーはソリストのように、それ以上に輝いている。
パスが上手い定義をしようとして話が長くなってしまった。
1本のパスでゴールをアシストするネッツァーやベッケンバウアー、バルデラマやベッカムは、ラストパサーというパスの上手さがあり、ドリブルが上手い選手のようなソリストの輝きを持ったサッカーの上手さと言えるだろう。そして、ティキ・タカを奏でる選手は、動きのなかで数秒後のゴールを予測し、次のオープンスペースが出来る1秒後の未来を予測したパサーというまるで予言者であるかのようなサッカーの上手さを持っている。パスが上手いこと=サッカーが上手いことは、ゴールに繋がっているプレーをすることによって成立するもの。ゴールに向かわないドリブルもゴールを目指さないパスもサッカーの上手さにはならない。 サッカーで必要不可欠な3つの要素は、「技術」「スタミナ」「予測力」である。ドリブルもパスも技術に属しているが、ドリブルが究極に上手いと予測することはDFの動きとGKの動きだけでいいだろう。(味方を利用して突破する場合もあるよとは屁理屈)パスが上手いと言われるには相手選手の動きの予測を超えた部分で味方とボールの動きも予測しなければならない。未来を予測するパサーはもしかしたらドリブルが上手い選手よりサッカーが上手いかもしれない。ここから先は個人の好みになるだろう。好きな選手、憧れる選手はきっとその人にとっての一番サッカーが上手い選手だろう。
今日の蛇足:今日挙げた選手の中でベッカムは上手いと思わない人も多いかもしれない。上手いと言ってもネッツァーやベッケンバウアー、バルデラマと同列に挙げるのは持ち上げすぎと思うかもしれない。しかし、ベッカムから出された高速パスの次は、必ずシュートが飛んでくる。DFにとって分かっていても止められない場所に飛んでくるパスは、上手いと言わずなんと言うのか。ベッカムはレジェンドと言われるほどのプレーヤーではないかもしれないが、高速クロスの1芸は世界最高の瞬間芸だ。
追伸として:伝説のドリブラー
かつて、東の国に左利きのドリブラーがいた。当時は左利きは左サイドをやるものとの固定観念があったので左利きのドリブラーは左ウイングをやっていた。左利きのドリブラーはドリブルが大好きだった。シュートを打つことより、相手を抜くことに全てをかけていた。マッチアップする相手の右サイドバックを抜き、右センターバックを抜き、なぜか左センターバックも抜いてしまった。行き過ぎてシュートは右足になったので切り返して、次に抜く選手を探し、引いてきた相手ディフェンシブハーフ(今で言うアンカーMF)も抜いたのでそろそろシュートかと思いゴールに向いたら、抜いたはずの相手DF達に囲まれてしまった。ゲームのたびにこんなプレーを続けた左利きのドリブラーは、コーチから「はたいて、はたいて」と言われ続けた。それでも左利きのドリブラーが、たまに見せる2人抜いて打つ左のアウトをかけたゴールのニアを抜くシュートは驚きで秀逸だった。でもたまにしか見せなかった。なぜならドリブルが好きだったから。ボールが好きだったから。ボールをいつまでもいつまでも持つことが好きだったから。そして左利きのドリブラーはチームの伝説となった。
伝説のドリブラーは、AKR14と呼ばれている