期待外れに終わった、アヤックスVSアーセナル戦、ファンの評価はさておき、専門家の間では、好ゲームと評価されていた。共に攻撃的フットボールを標榜するチームが、スコアレスに終わったゲーム。激しいボールの奪い合いを繰り返して、矢野明也とロリス・フェルカンプが互いの良さを奪い、消しあった。リスクとチャンスを予見する競争が臨界点に達して均衡点に落ち着いた結果だった。当に専門家好みのゲームと言える。とは言え、矢野明也とロリス・フェルカンプの出たゲームがスコアレスに終わったことは、アーセナルサポーターとアヤックスサポーターの期待に外れていただろう。
フットボールは、スタジアムに足を運んだサポーターが喜ばなければプロのゲームとは言えない。TV観戦したファンがビデオをもう一度見たいとレコーダーのスタートスイッチを入れるゲームでなければならない。
「フットボールはエンターテイメントだ。スペクタクルな展開こそが命である」そんな声が聞こえていたヨハン・クライフ・スタディオンのゲームは正反対の結果だった。
アーセナルは、ロンドンに帰ってすぐにプレミアリーグ、リバプールとのマッチデイが待っていた。アンフィールドで 劇的な逆転負けを喫したゲームは、明也がトップに上がった直後、マドリーとのチャンピオンズリーグに挟まれたゲームだった。この時明也は、ターンオーバーによってベンチにも入らなかったが、ケヴィンは忘れられない屈辱を味わったゲームとして記憶している。ケヴィンのトップデビュー戦の大き過ぎる洗礼だった。3対0からの逆転負けは、簡単に起きるものではない。それをリバプールは起こし、アーセナルは起こされた。アンフィールドは3失点を忘れ、逆転したことに歓喜した。スペクタクルな展開というヨハン・クライフが絶賛しそうなゲームが上演されたのはほんの数ヶ月前のこと。今度は場所をロンドンに変えて同じカードとなる。
アーセナル対リバプールは、いつもノーガードの打ち合いになる。アーセナルのスタイルにリバプールの速攻が見事にハマる。ホーム、アウェー御構い無しに激しい点の取り合いになるのがアーセナル対リバプール、ガナーズVSレッズだ。
アーセナルは、そんな相手リバプールをホームハイベリーに迎える。ハイベリーは前回の対戦を忘れない。前回の倍返しとなる位の結果が求められるだろう。強豪との対戦が続いていようと全てに勝利してこそグーナーを納得させられるだろう。
ケヴィンは、ゲーム当日の朝からテンションが高かった。前回の借りを返すことだけを考えているようだ。
「ビークール、ミスタークランツ」明也は熱くなり過ぎたケヴィン・クランツをいじろうとしている。
「明也は何も言うな!今日は絶対にアンフィールドの借りを返す。レッズにはあの時のツケを払ってもらうぞ!」
「ケヴィン、熱くならずにハイベリーが喜ぶプレーをして勝とうよ、点を取ってね」
明也はスコアレスに終わったアヤックス戦に悔いがあった。今年初めてのノーゴール。シュートはバーやポストに嫌われた。微妙にタッチがずらされたことを悔やんでいた。
満員のハイベリースタジアムには、トレブルのバナーが広げられている。スタンドは真っ赤に染まっている。朱色の入ったリバプールの赤ではなく、ピュアレッド、ガナーズレッドがスタンドを赤い壁にしていた。
アーセナルは、いつのまにかハイベリーをリオン・ファントマの時代に戻したようだ。チームが手に出来るタイトルは、その全てをアーセナルが独占すること。そして、フットボールのゲームは必ず勝利し、美しいゴールシーンを見せてくれることを望んだ。昨シーズンまで、タイトルどころか、チェルシーやスパーズの後塵を拝し、プレミアリーグの万年4位の地位にあったチームのスタンドではなくなっていた。リオン・ファントマが、誰にも出来ないプレーを見せてゴールを量産し、タイトルを獲り尽くした時代にタイムスリップしたようだ。赤く燃えるようなハイベリーのスタンドは、25年ぶりの姿を現した。強いアーセナルをより強くするハイベリーが帰ってきた。まだ何も手にしていないヤングアーセナルがタイトルを獲り尽くしたリオン・ファントマのアーセナルと同列に置くほど大きな期待を寄せていたからだ。
ハイベリーにエネルギーを注入されたヤングアーセナルは、いつも苦労するリバプールを問題にしなかった。5–0というスコアは、力の違いを証明するには十分過ぎた。アーセナルは最高の「Duel 」で武装し、全ての局面でアーセナルがリバプールを無力化していた。矢野明也をケアしたリバプールは矢野明也にマンマークをつけて、アーセナルの攻撃を潰しにきた。ところが、これは何の意味も無かった。矢野明也は、消えては現れる全く別次元の動きによって、マンマークそのものを無力化していた。オールドトラフォードで、「Stealth 」と呼ばれたプレーをハイベリーでもやり続けた。別格のプレーを見せるアーセナルの中でも矢野明也は別格であることをゲーム中見せ続けていた。
先取点は、ケヴィンの超絶ミドルがリバプールゴールに突き刺さった。アーセナルのパス回しでリバプール陣を引かせてから、明也の出した縦パスをティエミーが直ぐ明也に戻して、明也がディフェンスのポジションを狂わせてから、ケヴィンにボールを落とすと、ケヴィンは、前に立ったディフェンスにワンフェイクを入れて重心をずらすと、ノーモーションのミドルシュートを打った。ボールはケヴィンの前に立ったリバプールディフェンス2人の股の間を抜け、キーパーの逆を取るように低い弾道のままゴールネットに刺さった。
このゴールはアーセナルを一層楽にさせ、ゲームの流れを決めてしまった。だが、前回のアンフィールドの例があるから、アーセナルは気を抜くような姿勢は微塵もなかった。
矢野明也の追加点、2点目と3点目は、圧巻だった。突然現れた明也に、リバプールの選手は凍りついた様に固まり、動かない障害物になっただけだった。その後の2点はティエミーが、流れる攻撃を技ありフィニッシュで締め括った。
リバプールはシュートらしいシュートを打つことができなかった。リバプールを完封したアーセナルのクリーンシート。アンフィールドの借りは返せただろう。ハイベリーは、赤い壁が波になり、時に山の様になった。
ケヴィンは、自身が1得点だったことに今一つ満足していない様だった。
「ケヴィン、贅沢な考えになるなよ。後半のバー2発は、狙って打ったバーだろ!さすがはミスタークランツ、フットボールをよくわかってるね」「明也のスルーに抜け出したごっつぁんゴールも出来たシュートを外したのも同じ意味だろ。ケヴィンはエンターテナーだよ」
明也とルーマンがケヴィンをからかった。
「あれ決めてたら8点だったか」ケヴィンがしょんぼり呟いた。
アーセナルのロッカーは連戦の疲れは無かった。シーズンもクライマックスに近づく時期にアゲアゲ状態に突入した様だ。
ミッドウィークには、ハイパー・アヤックスがハイベリーにやって来る。チャンピオンズリーグクォーターファイナルセカンドレグ。ヨーロッパ中の、いや世界中のメディアがロンドンに集まってくるだろう。
ヤングアーセナル対ハイパー・アヤックスの戦いは16歳の天才対決というサブタイトルも付いて世界中に配信されている。矢野明也対ロリス・フェルカンプは、純粋にフットボール能力の競争となっている。作られたデマやストーリーも皆無だ。
現時点では、このゲームでは、どちらがゲームを決めるプレーを出来るかどうかの戦いになるだろう。
明也の本気度で決まるだろうが。
九里ケ浜は、桜が満開になっていた。
ちっちゃな明也がレイソロスタウンからライジングサンに通った道を行くと、途中途中に桜の名所があった。明也は桜のトンネルがある天野台公園という桜の名所を通過し、桜並木の続く「九里ケ浜いきいき街道」を抜けていった。明也が忘れてしまったかもしれない桜の風景は今も変わっていない。そんな桜の季節に夜桜見物ならぬ夜明也見物と呼べる、恒例のパブリックビューイングがニューライジングサンで開催された。
アーセナルVSアヤックス。九里ケ浜でアヤックス・アムステルダムという名前に反応するのはマニアなフットボールファンだけだ。一般のファンには馴染みがないオランダのチームがアヤックスだ。そんなチームが1stレグでアーセナルと引き分けた。互いにクリーンシートのスコアレスドロー。フットボール通が多い九里ケ浜ではアーセナルとアヤックスのドローゲームに感心していた。
九里ケ浜の宝、世界最高のフットボーラーになったと疑いのない矢野明也を抑え切ったアヤックスは並みのチームではないと感じていたからだ。背番号14をつけたフェルカンプは、stealthと呼ばれる明也についていった。明也がポストやバーを叩いたのは、フェルカンプの圧力が効いていたからだ。明也がフェルカンプを守備に奔走させたとも言えるが、明也と同じ次元でプレーしていたフェルカンプは、並みのレベルでないことがわかった。
ハイベリーに選手が入場すると、ハイベリーのスタンドが赤一色になっていた。ニューライジングサンの大型ビジョンに映し出されたアーセナルとアヤックスは、ユースチームの様に若かった。共に平均年齢が20歳以下の選手たちが先発している。
チャンピオンズリーグアンセムがハイベリーの歓声をBGMにして鳴り響いた。ハイベリーは熱く燃えていた。
選手を追うカメラは矢野明也とロリス・フェルカンプを交互に映し出している。九里ケ浜のパブリックビューイングはハイベリーの空気までは伝えられなかった。
だが、大型ビジョンに映し出された矢野明也がアップになると、そこには右手を胸に当てる姿が映し出された。それは「九里ケ浜の魂はここに」のポーズだった。ニューライジングサンが大歓声に包まれた。
「今日の明也はきっとやってくれる」
ニューライジングサンのスタンドは、ハイベリーの歓声を超えると思えるほどに大音響になっていた。
この日の明也は、本気だった。明也はフェルカンプを並みの選手にしてしまった。アムステルダムでのマッチアップが、嘘のように明也はフェルカンプを手玉に取っていた。Stealthと呼ばれるプレーは、アヤックスに異次元の世界を体験させた。史上最高選手の候補として名乗りをあげたロリス・フェルカンプが矢野明也の前では、所詮子供であることが世界に伝えられた。
「ロリス、まだまだ技術が足りないのだよ」ヨハン・クライフの言葉が聞こえてくるような内容に、フェルカンプは、敗北感を味わった。チャンピオンズリーグでチェルシーを撃破して一躍有名になり、ヨハン・クライフ・スタディオンでアーセナルを押さえ切ったハイパー・アヤックスとロリス・フェルカンプは、ハイベリーで玉砕してしまった。
世界中が注目したゲームは、アーセナルの強さ、矢野明也の凄さだけを際立たせた。ある意味1stレグ以上の凡戦と言えるのかもしれない。
矢野明也は、ゲーム開始とともに、一撃でフェルカンプとアヤックスを撃沈した。Stealth、そしてPhantom throughと言う武器を抱えた矢野明也は、開始10分でハットトリックを達成するとその後も、決定機を演出し、ゲームは7-0という結果だった。突如として出現したハイパー・アヤックスは夢の中の存在だったかもしれない。
アーセナルは、チャンピオンズリーグのセミファイナルに進出した。
(続く)