アーセナルフットボールクラブセカンドチーム。これが、アーセナルBの正式名称だ。矢野明也が所属することになるアーセナルBは、トップチームとは、似て非なるスタイルを持っている。リオン・ファントマ以前にあった伝説のインヴィンシブルズの魂を受け継いでいる。個の創造性と組織的な機能美に溢れていたリオン・ファントマのアーセナルではない、ピッチに立った全員が闘う集団「インヴィンシブルズ」のエッセンスがアーセナルBにはあった。
アーセナルBは、どんなゲームも闘い続ける。トップから落ちてアーセナルBで調整中の選手達が、再生していく。その一方で、アーセナルBは、選手入れ替えによって、いつの間にか「悪い流れ」「機能不全」を迎える。定期的に忍び寄る見えない力によってチーム力は低下する。見えない力は、選手の動きを目に見えて悪くしていく。普通のチームは、精神的な劣勢になると、チーム内に弱者意識が蔓延していく。能動的だったスタイルは、あっという間に受動的スタイルに変わってしまう。それが普通のことだろう。
トップチームの影となりトップチームを支えるアーセナルBは、状態の良い選手をトップに輩出することによって、組織の劣化を引き起こし、選手を更なる精神的不安状態に追い詰めていく。しかし、アーセナルBはインヴィンシブルズの魂を受け継いだ心がチームをリアクションに向かわせない。
アクション・フットボールの代名詞であるアーセナル。赤と白のユニフォームを着た選手達は、創造性や芸術性を持ったアクション・フットボールを展開する。それが、一般に浸透したしたアーセナルのスタイル。ところがアーセナルBには、そんな芸術性は無かった。だが、トップチームにはないアーセナルの魂を感じさせた。トップチームに選手を供給し続け、組織の力が低下しようと戦いの中で動きの質と量は負けないチームだった。創造力が劣るとも競争心は負けないチームがアーセナルBだ。そんなチームをパトリック・ヴィオラが作った。
アーセナルはリオン・ファントマの存在によって芸術品のようなアクション・フットボールを作り上げた。アーセナルは、シャビとイニエスタ、そしてメッシが存在したバルセロナのそれよりも創造的で美しいものだった。だが、アーセナルは、リオン・ファントマの引退後、創造的な指揮者を失っても無理に芸術性を追い続け、勝利を逃し美しさも失くしてしまった。負のサイクルに陥ったチームが経験する冬の時代と言われたサイクルの到来。
チームの衰退期は、輝いた素晴らしい時代の後ほど長く辛く厳しいものになる。リオン・ファントマと言う歴史的レジェンドが存在したチームと比較されるチームは堪らない。これ程不合理な比較はない。リオン・ファントマの時代は良かったと語られ始め、過去が完全肯定される。そして、サポーターはノスタルジックな世界に幽閉されてしまう。
リオン・ファントマの引退した56-57シーズン、このシーズン末期にトップデビューしたパトリック・ヴィオラは、アーセナル冬の時代をずっと見続けた。ビッグクラブから寄せられる移籍の誘いは、数知れず届いていた。だが、ヴィオラは、引退する迄、赤と白のユニフォームを脱がなかった。
ヴィオラのフットボールは、ロジックが基本だ。創造性やマジックという受けの良いスタイルを表には出さない。本来ならばリオン・ファントマの後継者としてファントマのスタイルを継承することも可能だったヴィオラは、そうならなかった。そうしなかった。パトリック・ヴィオラのやり方でアーセナルを支え、プレミアのタイトルもリオン・ファントマの時代に負けないほど獲得していた。チャンピオンズリーグとバロンドールのタイトルが無かった事で冬の時代と言われただけだ。今のアーセナルの方がヴィオラの時代に比べると遥かに冬の時代と言える。ヴィオラの後にアーセナルの魂を継なぐ者がいなかった。
(続く)