明也へ
明也はこの手紙をロンドンにいる時に読んでいるのだろうか?それともどこか別の国でだろうか?
じいちゃんは病気になったようだ。先のことはわからんが、もう晃爺さんの元へ行く時が近づいたのかもしれない。明也がワシの病気を知ると日本に帰ると言い出しそうだから、ずっと伏せるように言ってあった。だが、明也がこの手紙を読んでいるとすれば、ワシが話すことができなくなったか、晃爺さんの元へ行ってしまった後かもしれないな。
明也はプロデビューを控えている。だから、ワシのことは気にせずフットボールに集中するんだ。明也は小さなころから周りから邪魔ばかりされてきた。でもそれをいつも一人で乗り越えて来た。だから。明也はワシの自慢で、夢で、希望なんだ。ワシにとって、矢野明也は、ペレやマラドーナ、メッシよりも、リオン・ファントマよりもずっとずっと優れたプレーヤーだと思っている。明也が史上最高のフットボーラーなんだ。
明也のプレーは、明也がホワイトボーイズに入る前からずっと見てきた。びっくりするような、凄いプレーをして明也がゴールする。ゲームに勝つ。本当に嬉しかった。9歳の時だったか、レイソロスをやっつけたゲームは、忘れられない。「見たか、今のプレーを、あれがワシの孫じゃ」これは、何度口にした言葉かかわかららい。明也のプレーは全てが目に焼きついている。思い出すたびに嬉しくなったもんだ。だから、これから先も見ていたかった。プレミアリーグでゴールを決める明也を、チャンピオンズリーグでプレーする明也もずっと見続けたかった。だが、それは、神様が許してくれないようだ。天国の晃爺さんも許してくれないようだ。
最近は、晃爺さんがよく夢に出てくるようになって来た。夢の中で晃爺さんが明也のことを聞いて来るんだ。これは、晃爺さんがワシを呼んでいるからだろう。これから先、明也のプレーは、晃爺さんと一緒に観ることになるのかもしれんな。そうしたら明也のことを一から説明せんとな。だから明也は、イングランドで、ヨーロッパで今までと同じようにフットボールを楽しんで、観る人達を驚かせるんだ。
Phantom throughやAngel throughなんて大袈裟な名前がついているプレーがあるが、あんなのは、明也にとって普通のプレーのはずだ。明也は、7歳からやってたプレーだ。明也のプレーは次元が違うんじゃ。ワシは明也が普通にプレーする姿が好きだ。普通に凄いプレーをするのが大好きなんだ。フットボールといのは派手なプレーで相手に勝っても、それは一時だ。フットボールとはシンプルなものだ。シンプルなプレーこそが一番難しい。明也はそんなプレーで世界を驚かせる才能を持っているから。
明也は、小学校に上がる前から、「よそ者」とか「裏切り者」と呼ばれてしまった。アーセナルに行った時もそうだった。明也は何も間違ったことをしていない。明也を望み、明也の望みを受け入れてくれる場所に進んだだけなのに。しかもアーセナルに行った時はワシの希望に明也が応えてくれたようなものだった。これからは、明也が思うとおりにやったらいい。怪我をしないで長くフットボールを楽しめることを願っている。
明也はまだ16歳。プロになったと言っても未知の世界に飛び込むんだ。これからが本当に苦しくて少しだけ楽しい時代になるのだろう。でも、明也のことをずっと応援している。苦しさに負けそうになったら九里ケ浜の風を思い出してくれ。その風に向かって走っていた日々を思い出してくれ。そしていつか、九里ケ浜に帰ることがあったら、またライジングサンでボールを蹴ってくれ。
「ありがとう、明也」「もうわがままな明也でいいんだよ」
地球の反対側から矢野明也を見守る、矢野明也のサポーター1号 爺より
夏の太陽は西の地平線に向かって傾き始めていた。矢野明也は、ベンチに座ったまま動かなかった。