翌日、ホワイトボーイズ代表の石木克人は、矢野明也がクラブを退団することを発表した。クラブサイトには、次のような石木のコメントが掲載された。
矢野明也は、家族の住むロンドンに移住する。このまま矢野明也をホワイトボーイズに留めておくことは、今後の明也の生活を考えた場合、許されることではない。明也本人は、この決定直前まで祖父のもとで暮らし、ホワイトボーイズに残ることを希望していた。しかし、これからフットボール以外でも大事な時期を迎える時に家族と離れて暮らすのはマイナス面の方が大きい。ホワイトボーイズ史上最高の宝物である矢野明也が遥か地平線の彼方に行ってしまうのは、クラブとして耐えがたいことだが、いつの日か矢野明也が、ホワイトボーイズに帰ってくる日を願い、温かく送り出してあげたい。
クラブサイトへでの発表は、矢野明也がアーセナルのアカデミーに入ることも、プロ契約を結んだことも伏せられたままだった。
この発表は、九里ケ浜の町に衝撃を与えた。矢野明也というホワイトボーイズ最高の才能を失うことは、ホワイトボーイズのフットボールから楽しさや驚きのプレーを奪うことになり、矢野明也の登場以来優位になったレイソロスとの関係も逆転してしまう。九里ケ浜の人達はそう思った。
1年前、矢野明也のロンドン移住の話が出た時は、九里ケ浜の町全体が大騒ぎになったが、今回は、この発表まで秘密裏に進められたので大きな混乱は無かった。九里ケ浜の人達もいつかこんな日が来ることはわかっていた。矢野明也が、ホワイトボーイズという地方の地域リーグのクラブに生涯を捧げ、骨を埋めるとは考えられないからだ。既にJのチームからはスカウトが派遣されている。いつかホワイトボーイズを離れる日が来るのは、必然であろう。まだ12才ながら、ヨーロッパに行っても勝ち続けることはあっても負けることは無いだろう。
矢野明也の才能は、大きすぎてニューライジングサンには収まり切らない。ニューライジングサンのゴールではなく、カンプノウやウェンブリーのゴールが合っている。それは皆、九里ケ浜から見える地平線の彼方にあるスタジアムだ。
矢野明也は、ずっと無言だった。ホワイトボーイズU-12の仲間たちにも本当のことは話せなかった。もう説明する機会も失っていた。新シーズンを迎え、トレーニングが始まっていた。矢野明也がいたことで才能が大きく開花した真原仁、根元和、天岡良。ホワイトボーイズの宝は矢野明也以外にも実在する。矢野明也を失ったことでこの3人は、更なる覚醒を始める。そして、この3人を中心にホワイトボーイズは快進撃を続けることになるが、それはまだ先のこと。
矢野明也のいないホワイトボーイズが動き始めた。
8月10日、九里ケ浜に今年初めての秋風が吹き始めた時、矢野明也は、ロンドンに向け飛び立った。次は、いつ戻るかわからない、片道のチケットを持って。
その頃、ロンドンでは、矢野明也のアカデミー入団によって、一人の選手がグーナーズハウスを出て行った。。アルゼンチン生まれの12才。明也と同じ年の少年が、マンチェスター行きの飛行機に搭乗した。アーセナルフットボールアカデミーは、常に競争が繰り返される。一人の選手が入る、それは一人の選手が出ていくことを意味する。アルゼンチン生まれの選手、メッシの再来と言われる才能にもかかわらず、矢野明也の入団により、アカデミーを出ていくことになった。この選手は、この後矢野明也とずっと絡むことになる。
その名は、「アンヘル・ジアブロ」天使と悪魔という名を持つ少年だ。
(続く)