前半が終了。
スコア2-0。習知野FC那須のシュートセーブは15本。枠内シュートは得点以外全てセーブするというビッグセーブを連発した。ボールポゼッションというデータなど無かった時代だが、80-20以上の差がついていただろう。
九里が浜陣内に入ったボールは、スパイダーマン一清が、難なくカットしてしまう。準決勝まで那須1人でと言っても言い過ぎでは無い内容で勝ち上がった習知野FCは、攻撃に関してロングボールに殺到するという戦術しか持ち合わせていない。だが、習知野FCにも自分達がチャンピオンだというプライドがあった。九里が浜というチームに手も足も出ない内容に我慢ならなかった。その中でも、決勝戦もベンチスタートになった1年下の年代(U-14年代)では最高の逸材と言われているフォワード義兼遼太郎(よしかね りょうたろう)が控えていた。ここまで義兼を使わず、かつて年代別チャンピオンをとったメンバーで勝ち上がった習知野だった。しかし、なす術なく終わった前半、しかも2点ビハインドという状況は、動かないわけにはいかなかった。残り45分に全てをかけることで起死回生を狙った。
狩越=OUT、義兼=IN。フォーメーションは4-4-2、義兼がセカンドストライカーの位置についた。義兼は狩越のような前線にいるディフェンダーとは違う。真のアタッカーであり、ゴールゲッターだった。ディフェンシブな習知野の伝統的スタイルを変えたいと思っている選手だった。
後半が始まる。九里が浜に交代はない。(怪我の細野は大事を取って出番はなかった)
九里が浜のキックオフ。中林と東城がタッチした後にボールは阿部に渡る。義兼が詰めてくる。だが、阿部は1年下の義兼を子供扱いする。左右の切り返しで揺さぶり、股抜きで仕上げる。
阿部孝志。九里が浜の背番号10番を背負う中盤のファンタジスタ。口数が少なく、闘志を内に秘めるタイプだが、とても熱い。青い炎で燃える。プレーにムラがなく、同じ中盤の西塚が、閃き型の天才とすれば、阿部は理詰めで中盤を創る秀才型の選手。西塚は派手で目立つプレーを好むが、阿部は正確なプレーを好む。西塚のゴールは、記憶に残るがそれ程、言う程は多くない。阿部は、正確なシュートを打ち、多くの得点を決める。東城のゴール数には及ばないが、センターフォワードの中林に引けを取らないくらいの点を取るのが阿部だ。ある地域大会で東城がトリプルハット、阿部がダブルハット、中林がハットという3人で18点というゲームがあった。阿部のシュート数は6本でゴール数も6だった(やるべきではなかったゲームだが)。そんな阿部は、向かって来る相手には、必ず対応する。阿部の負けず嫌いは、大変なもの。向かってきた義兼をシッカリと受け止め、自身が持つ最高の力で対応する。真面目なプレーヤーで他の手本だ。だから、東城も西塚も背番号10番を当たり前の様に阿部に譲る。
義兼をかわした阿部は、ボールを東城に送る。東城はダイレクトで、高速パスを諸宮に送る。後半は諸宮が前に出て、海東が後ろ目に構えていた。海東がフィジカルコンタクトの強い八俣をケアして、諸宮がすばしこい義兼をケアすることになった。このとき義兼は阿部のプレーに痺れて近くにいない。那須が叫んでいるが、諸宮はフリーで持ち上がる。東城がマーカー2人を連れて諸宮に近づこうとしている。東城とマーカー2人の先のスペースに中林が抜け出ようとしている。諸宮の眼にパスコースが映っていた。東城と先のスペースが直線上に並んだとき、諸宮は、グラウンダーの速いパスを東城目掛けて出す。東城はスライドして一瞬消える。ボールは東城の残像をすり抜ける様に通過して東城の先に映っていたディフェンスラインのすき間に向った。そしてそこには突如として中林が姿を現す。守備に追われていた習知野FCの選手達はそう感じただろう。
スペースに抜け出した中林は、ペナルティエリアに侵入、中央に進んで那須と1対1になるとまたエラシコを見せる。那須にとって二回目となれば今回は想定内だった様で軸がぶれない。だが、中林もそれは想定内だった。エラシコでリフトアップしたボールをそのままボレーでクロスを入る。ボールの先には東城が詰めている。ゴールは無人だった。東城にディフェンダーが追いすがる。那須もコースを消す様に逆サイドにずれている。ユニフォームを押さえられていた東城はディフェンダーをブロックして胸で弾きボールの角度を変える。仕上げは阿部だった。東城の落としたボールは阿部の詰めてきた場所に飛び、阿部はそのまま左足のボレーを打ち込む。ゴール右上のネットが外に引かれた様に伸びていた。
キックオフアタック。阿部がスイッチを入れた攻撃は阿部が締め括る。偶然を必然に思わせる攻撃は、習知野FCの戦意を失わせた。九里が浜の選手全員が集まり、喜び合う。
後半1分、後半が始まったばかりのゲームだったが、スコアが3-0となり大勢は決した。この後は九里が浜のオールコートプレスが習知野にパスを繋がせない。ロングボールすら蹴らせない。那須のフィードも一清と海東が難なく処理する。習知野はまだシュートを打ってなかった。九里が浜のペナルティエリアにも入っていない。完全なハーフコートゲームになった。九里が浜の攻撃はより難しいプレーにチャレンジする様になってブロックにかかり、ボールロストも増えて出したが、後半20分、4点目のゴールが決まる。
左サイドで唐草が義兼からボールを奪うと諸宮に送る。諸宮はダイレクトで西塚へ。西塚は市井とダイレクトのリターンパスを繋いでディフェンスを振り回す。東城も加わり、習知野ペナルティエリアでパスを繋げる。中林も阿部も堀内も加わり、習知野ペナルティ内でロンドが行われている。数的ハンデ、6対11のロンドは、数的不利の6が圧倒的に有利だった。ダイレクトパスが面白いように繋がり、海東がペナルティエリアに入ったところで、もういいだろうとばかりに市井がロンドのクライマックスを告げる股抜きシュートを打ってゴールする。那須は動くことが出来なかった。4-0。九里が浜は習知野にゲームの終了を告げるゴール。習知野FCにとっては拷問を受けた様なゴールになった。
その後も九里が浜は、習知野のボールを狩り続けた。シュートを打つどころか、自陣に入ることすら許さない。自陣に入ってきたら一清が蜘蛛の様に現われる。そんな習知野も後半40分に一度だけシュートを打つチャンスはあった。九里が浜の左サイドでボールを受けた義兼が西塚をかわして八俣とのワンツーパンチで縦に抜け出し、クロスを入れる。諸宮がヘッドで弾いたボールがフリーの八俣に渡る。八俣のシュートを予測して海東がブロックに飛び込んだが、八俣は義兼へのパスを選択してしまう。副審の旗が上がる。オフサイド。
シュートを打つだけなら打てただろうが、八俣は九里が浜を完全に崩そうとしてパスしていた。自らが突破するという選択肢もあったはずなのに。
義兼は悲しかった。何も出来ない。何もさせてもらえない。内容はスコア以上の差があった。このゲームは、九里が浜11人と那須1人のゲームでしかなかった。フットボールにならない。九里が浜の選手達は別次元の技術とアイデアを競い合って、何よりも楽しんでフットボールをしている。個の力より、全員のイメージがシンクロしたチームの力は凄すぎて言葉にならない。自分もいつかこんなフットボールをしたいと思った。
残り5分、九里が浜の選手達は時間を使うこと時計を回すことだけのプレーをする。この5分間は、東城と西塚、そして市井のドリブルショーだった。戦意喪失した習知野選手には酷な時間だった。メンタルの低下した相手だったので面白いくらい技が決まっていた。特に今日のゲームで存在感が薄かった東城のドリブルは圧巻だった。歩きながら6人を股抜きしたドリブルは、股抜き好きな西塚でも出来ないものだった。
この時、見えていたのは東城の残像だったのかもしれない。
90分、長いホイッスルの音が響く。
タイムアップ。
九里が浜FCの優勝が決まる。名もない片田舎のクラブチーム、そのセカンドチームが並み居る強豪を撃破して優勝の栄冠をつかんだ。大会最優秀選手は、東城。大会得点王と合わせ個人二冠となる。
九里が浜FCは、準決勝まで東城と言う王様の超絶個人技に他のメンバーが兵士の様に従い勝利してきたように見えていた。だが、決勝戦は、全員が全エリアで相手とマッチアップしてボールを奪い、抜き去り、攻撃を仕掛けるという戦い方をしていた。アイデアと想像力を共有するチームワーク。相手の想像力と対応力を超えた集団プレーは、フットボールの理想を実現させたものだった。
U-15地域チャンピオンシップが終了する。次は今大会のベスト16進出チームが、全国選手権の出場をかけて行われる代表決定トーナメントだ。未来の子供達のフットボールの旅が続く。(第一部 完)
代表決定トーナメントは、3月後半から始まる。
(第二部へ)