「リオン・ファントマの再来」という枕言葉は、過去何人もの天才少年達に使われて来た。だが、キャンベルの目にも、ヴィオラの目にも、矢野明也については、それが真実を伝えていないと感じ始めた。
矢野明也がリオン・ファントマを超えているもの、それは「フットボールの能力」、超えていないもの、それは「実績」それだけだった。ファントマと同じ時期にチームメイトとしてプレーしたキャンベルは、16歳になって間もない矢野明也に足りないものは、勝ちとったチームタイトルとバロンドールなどの個人タイトルだけだと思った。
「パトリック、明也をトップにあげるよ。10月後半のCL3節からヨーロッパデビューさせる。プレミアはその後だ。ヨーロッパを驚かせよう。リオンには自分から話すが、良いか?」
「ジル、OKだ。こっちは、次節のリーグが、明也の卒業テストだ。スパーズBとのミニダービーで明也をフル出場させる。それ以降は、ケヴィンを中心にチーム編成するよ」
次節のリーグは、ホワイトハートレーンでのトッテナムホットスパーB対アーセナルBのロンドンダービーだった。矢野明也本人は、力みも昂りもなく、シーズンの1ゲームと認識するだけだった。ただ、トップデビューが、プレミアでなく、CLになったのは、唯驚いた。明也の頭にCL予選リーグの組合せや3節の対戦相手は無かったようだ。ヨーロッパデビューが格下だとしか思っていなかった。
プレミアリーグは、CLよりも厳しい戦いを余儀なくされる。ビッグクラブであろうとホームゲームとアウェーゲームは、全く別のものになるからだ。CLは、ビッグクラブとそれ以外のクラブ間に番狂わせは起きにくい。ホームもアウェーもビッグクラブが勝ち点を積み上げる。ずっと昔からプレミアのクラブは、CLよりもプレミアリーグを格上とする傾向があって、選手の意識もそうなりがちだ。CLはあくまでリーグ戦の下のタイトル扱いとなる。だから、矢野明也もトップデビューがCLとなったことは、意外であり、少しがっかりしたようだ。
CL第3節及び第4節の相手は、スペインリーグチャンピオンであり、CLタイトル獲得回数トップに君臨するクラブだった。「エル・ブロンコス」レアル・マドリーという20世紀から世界のトップに君臨するクラブとの連戦だった。CLの話は、少し先のことなので、アーセナル関係者の意識は、皆、宿敵スパーズとのミニダービーになっていた。当の明也もそんな雰囲気に包まれていた。
帰って来た矢野明也に、ロンドンのフットボールファンは、期待を膨らませていた。それはスパーズサポーターも、例外では無かった。イングランドフットボールリーグディビジョン1が舞台となったノースロンドンダービー。この日の会場ホワイトハートレーンに集まったスパーズサポーターはスタジアムを埋め尽くし、アーセナルサポーターの入る隙が無かった。
アーセナルベンチの直ぐ上の席についた老人と若者がいた。「ジャック、今日はあの少年を生で見てやるよ」「もう4年前になるか。ハートレーンわきの公園でお前が連れて来た小さなファントマが矢野明也だろ。あんなに小さかった奴が、今はガナーズのエースになろうとしているよ。あの時スパーズにあの少年を探して入団させろと掛け合ったが駄目だった。奴がスパーズにいれば、トレブルも夢じゃなかっただろうな」
「爺さん、今更遅いぜ。今日はここであの野郎に圧をかけようぜ。ハートレーンでスパーズが負けることは許されないぜ」
アーセナルベンチのすぐ上に陣取ったジャックとお爺さんは、矢野明也がロンドン初日に出会ったスパーズ生粋のサポーターだった。(続く)