ハイベリーのスタンドは、ホームチームを応援する様に、ユナイテッドの黒いアウェーユニフォームを着たアンヘル・ジアブロに声援を送っていた。「アンヘル、アンヘル」と連呼する声は、ハイベリーを揺り動かすほどの大きさになっている。この声援は、ガナーズの選手達に屈辱的なものだった。特にアンヘルと比べられる立場にあった明也にとっては受け入れがたいものだっただろう。でもそんな明也は、アンヘル・ジアブロが羨ましかった。自分がアンヘルの様に声援を送ってもらえる様になれるのかと。自分が初めて立ったハイベリー。明也本人は、ハイベリーのスタンドからこれほどの歓迎を受けていない。それが羨ましくてどうしようもなかった。いつの間にか、明也自身も自分とアンヘルを比較していた。
明也の頭をニューライジングサンの事がよぎった。自分が今ニューライジングサンに行ったらアンヘルの様に歓迎されるだろうか。ホワイトボーイズのためだと言われガナーズに移籍して3年、ホワイトボーイズに支払われる移籍金が発生するまで、まだ2年ある。今ニューライジングサンに行ったら、また裏切りものになるのではとマイナス思考になっていた。
ハイベリーのスタンドが、アンヘル・ジアブロの声援一色になった時、アーセナルの関係者ブースにリオン・ファントマが姿を見せた。「明也とアンヘルの力比べになったゲームだね」「この2人の才能が、新しい時代を切り開く筈だからね」「アンヘルがガナーズを出て行ったのは残念だが、ユナイテッドでも成長していたから安心したよ」「このゲームは、これからが本番だろうね」リオン・ファントマは、アンヘルの声援一色になったスタンドのことには触れずにアンヘルの成長を喜んでいる。「明也が消えかけているね。心の中の自分と戦っているからかな」「このまま明也が自分の中の弱気を克服出来なかったら、ハイベリーのスタンドは、許さんだろう」「明也が普通にやれば、アンヘルは何も出来ないはずなんだが」リオン・ファントマは、明也の心の葛藤が見えていた。明也のことを信頼しながらも。
ユナイテッドは、またもガナーズゴールに迫っている。今日のアンヘルは、超キレキレ状態になっている。ユナイテッドにもう1点入れば、ユナイテッドの大逆転もあり得るだろう。アンヘルが右サイドをカットインしてペナルティーボックスに浸入する。ケヴィンが付いていたが、振り切られてしまう。アンヘルが左で打ったシュートが枠を捉えてファーポストに飛んでいる。キーパーは、セーブに飛んだが届かない。
綺麗なゴール、ユナイテッドの5点目が決まった。スタンドからアンヘルコールに加え、ホームチームへのブーイングが湧き上がった。6-5となった。フットボールのゲームとは思えないスコアが記録されている。
残り時間は15分。まだ15分もあるとプラスに感じているのはユナイテッドだろう。ガナーズは、まだ15分もあるのかとマイナスに感じているだろう。
後半、完全に消えていた矢野明也が、キックオフボールをケヴィン・クランツに戻す。ユナイテッド選手がプレスに向かう。ケヴィンは、ダイレクトで明也に戻す。とても強いボールだった。明也は、一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、綺麗なタッチでボールを収める。ケヴィンは、「お前に任せた、明也」とメッセージを乗せたパスを出していた。
自分の思いとは違う場所で自分のことが語られていく。アンヘルと無理矢理ライバル関係にされ、そのことに自分自身が飲み込まれていく感覚に、明也は引っかかっていた。スタンドにリオン・ファントマの姿を見て、「アンヘルと同じチームでプレーしたかったな」明也が呟く。そこにケヴィンからのパスが来て、明也は、我に戻った。
(続く)