延長後半の開始早々失点した九里が浜は、パニック寸前だった。いつも強気の海東が、震えている。いつも上から目線の西塚が、虚ろな目をしている。市井は目を赤くして今にも泣きそうだ。阿部も、タ士丸も、唐草までも負けることに怯えている。そして一清の出す声がピッチに虚しく響いていた。
キックオフ後、九里が浜は、力のないボール回しでパスを繋ぐが、市山FCが仕掛ける追い回すプレスの前にボールロスト寸前だった。未来の子供達は、「東城任せた」の気持ちになってボールを東城に繋げた。そんな未来の子供達の期待と裏腹に東城は、自陣に向けボールを蹴り返した。ボールはピッチを滑る様に飛んで中央の諸宮に収まった。諸宮はまだ負けを認めている訳ではなかったが、仲間達の姿を見てどうにもならないと気持ちが迷路に入り込んでいた。そんな諸宮の足下にぴったり収まったボールは、諸宮の古傷がある右足のくるぶしを叩き、「どうだ、痛いか?負けるのとどっちが痛い」そう言った様だった。
諸宮は、我に返って前を向いた。東城が笑っている。東城は諸宮にメッセージを乗せたパスを送ったのかもしれない。
今日の東城は何もしていない。シュートを打つどころか、まともにパスすら出してなかった。1点ビハインドの状況になって、東城が漸く目覚めたのかもしれない。諸宮は「吉哉遅い」そう呟いて、怒った様にドリブルを始めた。市山のプレスが迫っても諸宮は、ドリブルを止めない。1人目をかわすと2人目と3人目はそこに誰もいなかった様に抜いていった。九里が浜の選手達が、驚いて諸宮のドリブルを目で追った。未来の子供達は、ドリブルで相手を抜く諸宮の姿を見たことなど無かった。諸宮のドリブルは、阿部や西塚の様な華麗さは無かったが、何処か東城のドリブルに似ていた。プレスに来る市山ディフェンスを簡単に置き去りにした。諸宮の脇を東城が並走してスペースに抜け出ようとしていた。市山ディフェンスは東城に付いて行く。ペナルティエリアの右サイドが空いていた。諸宮はドリブルを続け、ペナルティエリアに浸入する。諸宮は市山ディフェンスを何人かわしただろうか?東城以外の未来の子供達は、諸宮のプレーに呆気に取られ、ただ見ているだけだった。シュートレンジに入っても諸宮はシュートを打たず、キーパーに向かって行った。未来の子供達が叫ぶ、「秀斗、打て!」の声がピッチにこだましている。
キーパーと1対1になっても諸宮は、ドリブルを止めない、シュートも打たない。キーパーが諸宮の持つボール目掛けて飛び込むと諸宮はターンして左足ヒールで中央の東城にパスを送った。東城は、一瞬戸惑ったが、何も無かった様にボールを無人のゴールに流し込んだ。諸宮はどんなプレーをしても主役になろうとしない。相変わらず変な奴だ、そんな思いが頭をよぎる東城だったが、諸宮の神がかったプレーで3対3の同点になった。
未来の子供達は、諸宮のプレーで息を吹き返した様だ。諸宮がファンタジスタでないことは、未来の子供達が一番知っている。諸宮はいつも潰し役で汚れ役をこなす選手だ。その諸宮が東城の様なドリブルで市山ディフェンスを切り裂いた。諸宮を異質な選手と見ていた阿部も西塚も市井も、諸宮が出来るんだから、自分達が負ける訳がないと思った。
だが、残り10分、市山ディフェンスが最後の力を出してボールをブロックする。体を張ってボールを止めに来た。PK戦狙いになった様だ。5分以上ボールの奪い合いが続き、ボールブロックする市山選手に未来の子供達は、焦りが出始め、疲れも加わり、何でもないミスも出て来た。時計は休むことなく進む。
残り時間はほとんどなくなって来た。九里が浜ベンチもPKの順番を決める準備をしている。諸宮は、足が攣り出していた。動きが変になっている。それでもボールを奪いに行き、ボールを味方に繋いでいた。
アディショナルタイムに入った頃だろうか、西塚がドリブルを仕掛け市山陣に浸入すると足が攣り、ボールを奪われてしまう。市山は最後のカウンターとばかりにロングパスを出そうとしていた。そこの阿部が、体でブロックに入り、ボールをカットする。こぼれたボールは中央に転がり、東城と市山ディフェンスの間を進んでいる。東城が先にキープしたが、市山ディフェンスもスライディングタックルでボールを蹴り出す。レフリーが時計を見た。
ボールが進んだ先に斎長卓志がフリーでいた。斎長は最後のプレーだと分かって右サイドをドリブルで抜け出すとゴールライン近くまでボールを運び、中を見てクロスを入れる。キーパーと市山ディフェンスの裏を抜けたクロスに諸宮、堀内、そして東城が飛び込む。砂煙りが上がり、一瞬レフリーが戸惑うが、副審が旗を振って合図を出している。レフリーの長い笛が鳴った。レフリーがセンターサークルを指さしている。ゴールだ。
誰のゴールか分からなかった。堀内はガッツポーズでゴールの雄叫びをあげている。諸宮は起き上がれず、倒れたまま空を見上げていた。「信、勝てたよ。吉哉が最後だけ本気になったよ。」そう呟いていた。
東城はゴールの中で倒れていた。起き上がった時の東城は鼻の頭も鼻の下も赤くなっていた。ほこり塗れで赤黒くなっていた。両方の鼻から血を出している。ゴールは、堀内でなく、東城が鼻で入れたゴールだった。
市山は、120分間、死力を尽くして九里が浜に向かって行った。そして、あと一歩のところまで九里が浜を追い詰めた。そんな、市山FCにスタンドから惜しみない拍手が送られている。無敵の九里が浜は、市山FCの前で無敵ではなかったようだ。中林がいなくなり、ゴールの責任を感じすぎた東城は、普通ではなくなっていたのだ。東城も実は追い詰められていた。諸宮に送ったボールは、苦し紛れだったのかもしれない。諸宮に微笑みかけたのは謎だった。
4対3というスペクタクルなゲーム。今日のファイナルを戦った両チームは、いつまでも語り継がれるチームとなるだろう。両チームを称えるスタンドの拍手は、表彰式が終わっても鳴り止まなかった。
九里が浜FCはファイナルを突破した。全国選手権の切符を手にした。これからが本当の戦いになるだろう。未来の子供達のフットボールの旅は続く。
まだ、本当の勝利を勝ち取っていない。そう呟いたのは、東城だった。
第2部 完
未来から来たフットボール 第3部 全国選手権編は、10月スタート