中房FCとのクォーターファイナルは朝から雨の1日だった。会場は天地台運動場、フットボール専用ではない。陸上競技のトラックに囲まれたグランドは、フットボールをするために作られてないので、芝の状態は今一歩だ。芝の剥げたところには水溜りが出来ていた。
歯車の狂っていた九里が浜FCは、天候も敵に回した様だ。中房FCはランニングフットボールとでも言うべき走力を前面に出したスタイルが特徴だった。だから雨を苦にしない。しかし、ボールを走らせる九里が浜のスタイルは、芝の剥げたピッチに合わない。フットボールの神様は未来の子供達に試練を与えたようだ。未来の子供達が雨で泥まみれになるフットボールに対応出来るか試したのだろう。
九里が浜の先発は、キーパーが一清、ディフェンスは、右から宇能、海東、唐草、中盤アンカーに諸宮、攻撃的中盤は右から阿部、榊野、西塚、スリートップは、細野、中林、タ士丸。東城の名前が無い。雨のピッチで怪我明けの東城は控えになった。東城を説得するのに苦労したが、榊野が「俺に任せろ」と真顔で言ったので東城も納得してしまった。
中房FCは4-4-2の並び、先発メンバーは全員1m70㎝以上の恵まれた体格だった。中房FCのキックオフでゲームが開始される。
ピッチ中央は水が浮いてボールは走らない。ボールは、中房中盤に下げられた後、九里が浜陣のDFラインの裏に蹴り込まれる。中房選手がボールに殺到する様にボールに向かう。最初にボールを保持したのは宇能だった。宇能が向き直った時には中房FW2人が直ぐにブロックして来た。寄せのスピードは速い。宇能は慌ててボールを前方蹴り出すだけだった。この時代のボールは革製で水を含むと重くなってしまう。宇能の蹴ったボールはセンターサークルを超えた付近に落下して水溜りで止まった。ボールは、水溜りに入ると動きを止める。雨は降り続けている。ピッチ中央は完全に水没していた。ピッチの四隅は、芝が見えている。スリッピーだがまだなんとかなる。九里が浜の選手達が得意とするドリブルはピッチ中央では使えない。ショートパスの連携プレーも使い方が限られてしまった。
ゲームは水溜りの中でボールのつつき合いと蹴り合いが繰り返される。前半45分間、フットボール本来の楽しさは消滅し、水しぶきだけが元気に跳ね上がる水上フットボールが続いた。フットボールとは違う競技と思えば、水上ボール運びという新種のボールゲームと思えば、見所はあった。これもフットボールの1つだろう。
両チームともチャンスらしいチャンスの無いまま、前半が終了する。九里が浜の選手達は、全員がピッチの不満を口にしてベンチに戻って来た。ベンチからゲームを見ていた東城はニコニコしていた。東城だけが、必死に動く仲間達を見て安心したようだ。ここ数ゲームは歯車の狂っていたチームが、雨の中で正常な状態に戻って来た。皆が不慣れな泥んこフットボールとでも言うべき状況に必死に対応しようとしている。普段のゲームで汚れ役をするのは諸宮だけだった。他の選手は皆がファンタジスタだったので必死さを見せてボールを追いかけることはない。それが今日は諸宮以上に西塚が動いている。阿部も細野も中林もそして榊野さえも水溜りの中を動き回っている。皆のユニフォームは泥だらけだった。
最初はフィジカルに勝る中房FCにボールを放り込まれ押し込まれたが、徐々にボールの出所を押さえ、ルーズボールを保持するようになっていた。九里が浜に決定機らしいチャンスはなかったが、中房FCのシュートは前半の当初にあったロングシュート2本だけ、2本とも枠外でノーチャンスシュートだ。でもまだスコアレスだったので先発した選手達はベンチに戻っても必死の形相だ。
そんな仲間達、必死にゲームしている仲間達の姿が東城には可笑しく見えた。未来の世界でも、今の世界でも技術とアイデアで相手を圧倒して来た未来の子供達が相手に負けない位、いやそれ以上に動いている。しかも的確に動いている。今日のゲーム、自分に出番が無さそうと思った東城はみんなを鼓舞している。最後阿部に耳打ちして。それは珍しいことだった。そんな東城を見た未来の子供達はやる気が増して来たようだ。
後半が始まる。九里が浜のキックオフだ。
雨は止むどころか激しく降っている。
中林と榊野のタッチで始まった後半。相変わらず水中キックボールが続く。後半15分が経過した頃、阿部がスーパーなテクニカルパフォーマンスを披露した。榊野からボールを受けた阿部は、水溜りの前でボールリフトするとそのままリフティングを始め動き出した。中房選手が2人詰めてくる。阿部はダブル、トリプルとリフトタッチして2人をかわすとそのまま浮き球を榊野に送る。榊野は胸で受けると直ぐ阿部に戻す。空中のワンツーでまた1人かわしていた。中房ディフェンスが寄せてくる。ペナに近づいていた。リフティングのボール運びは其れ程早くは無かったので阿部は抜いたはずの中房選手に追いつかれ囲まれていた。前後左右を5人に囲まれた阿部は大きな選手達の中で一瞬見えなくなった。次の瞬間密集から出てきたのはボールだった。中房選手の壁を越えて飛び出したボールに続いて阿部が飛び出す。ゴールと阿部の間にはゴールキーパーだけになっていた。キーパーと1対1になった阿部は空中を飛んだボールを頭でトラップしてリフティングを続けている。キーパーはループをケアしながらも前に寄せてくる。阿部は浮いたままのボールをダブルタッチしてキーパーを惑わして動きを止めると中央に浮き球のクロスを送る。タ士丸と西塚そして榊野がフリーで走り込んでいた。榊野にぴったり合っていたクロスだった。榊野はダイレクトシュート。「ゴーン!」というボールがポストを叩いた音と共にボールがネットに収まった。九里が浜に待ちに待った先制点が入った。
阿部の個人技が中房守備を切り裂いた。ハーフライン付近からリフティングでペナ浸入してラストパスという展開は、ハーフタイムに東城が阿部に耳打ちしたアイデアだった。チーム内で最もリフティングの上手い阿部ならではプレーだった。榊野らしいオチのついたポストヒットゴールは、未来の子供達をリラックスさせるものになった。
ゲームは、九里が浜の流れになりタイムアップのホイッスルまで中房FCの時間になることは無かった。後半一清までいったボールは一回だけで、中房シュートは0だった。だが、中房選手は走り続け、守備で体を張り続けた。九里が浜もボールとゲームを支配していたが、追加点は入らない。後半30分膝に不安を訴えた中林に代わって東城が登場する。怪我明けの東城がボールプレーをしたのは一回だけだった。諸宮から受けた浮き球のパスをピッチに落としてドリブルで中房守備を翻弄して九里が浜の2点目のアシストした一回。2点目も榊野のバーヒットゴールだった。
東城がドリブルしたボールは、地面にも水溜りにもついていなかった。東城はピッチの数センチ上にボールを浮かして超低空リフティングで相手を抜いていった。
後半40分の追加点でゲームオーバー。残り5分はクールダウンをしているような時間が流れていた。
ランニングフットボールというフィジカルを前面に出したスタイルで九里が浜に挑んだ中房FCだったが、今日の雨が真の敵だったようだ。歯車の狂っていた九里が浜は今日の雨で真摯に謙虚にボールを追い回した。ランニングフットボールの中房に走り負けしない動きだった。今日が晴れの日だったら展開は違っていただろう。結果は九里が浜の順当勝ちだがその裏には九里が浜を勝たせようとする見えない力が働いていたのかもしれない。
普通はテクニカルなボールプレースタイルのチームには雨で水が溜まったピッチが合うはずがない。そんな環境でも九里が浜は勝利した。逆境が気持ちの緩んだチームを1つにしてしまった。
だからフットボールはわからない。
セミファイナルはすぐやってくる。相手はハ葉FC。U-15選手権で習知野FCに惜敗した強豪チームだ。クォーターファイナルで辰巳野FCに圧勝して進んできた。
(続く)