1976年、東の国は凍りつくような記録的な寒さの年明けだった。そしてその年に幕を開けた奇跡のフットボール。半年前の夏の暑い日に未来からやって来た子供達が、フットボール不毛の地と言われた東の国で言葉では言い表せない別次元のフットボールを見せ、この時代最先端の戦術「トータルフットボール」をも凌駕するフットボールをしていた。
今の時代ならば、ポゼッションフットボールやプレッシングフットボール等、トータルフットボールから派生した戦術を表す言葉は溢れ、テクニカルスキルを表す言葉も数え切れない。しかし40年前のあの時代は、トータルフットボールすらマイナーワードだった。そんな時代にテクニカルでコレクティブでリズミカルなフットボールが出現していたことは驚き以外の何物でもない。
未来からやって来た子供達のゲームは、ほとんどの時間がピッチのワンサイドで行われた。足裏やヒール、肩や胸や背中を使ったボールコントロール、ボールが流れる様に繋がるワンタッチプレーは見る人を驚かせた。そんな未来からやって来た子供達が見せた奇跡のフットボールは、1976年1月に明らかになっていく。
1月、その地域では、U-15の新チームによるトーナメントが開催される。トーナメントは国のチャンピオンを決めるトップリーグへの出場権をかけた戦いになる。地方の全く無名のクラブ、九里が浜FCに降り立った12人は、チーム加入後、セカンドチームとして登録され、このトーナメントに参加した。1回戦は技術の片鱗を見せながらも静かに3-0で突破した。2回戦は4-0となり、少しだが注目され始める。3回戦は2回戦同様4-0となり、いよいよ注目されるようになった。但し、ラウンド32となる4回戦の相手は、前年度チャンピオン、源FC。今年も1回戦から無失点で勝ち上がってきた。未来から来た子供達が所属する九里が浜FCのトップチームは、源FCと2回戦で戦い、0-5の完敗だった。誰もが無名クラブ九里が浜FCのセカンドチームが前年チャンピオンの源FCには勝てないだろうと予想し、ここまでが運良く勝ち上がったチームくらいにしか思っていなかった。
ゲームは未来の子供達、九里が浜FCのキックオフで始まった。キックオフの長いホイッスルから1分も経たないうちに、長いホイッスルが吹かれた。眼をそらしていた人は、ファールとか源FCがゴールしたのかと思い、ピッチに眼を向けるとボールを持ってセンターサークルに帰る源FCの選手が見えた。見ていた人は、何が起きたのか理解出来ていない様だった。時間は1分と経っていなかった。
九里が浜FCのフォワード、中林信樹から始まったキックオフは、東城吉哉に渡される。東城はゆっくりしたドリブルで中央をまっすぐ進もうとしていた。源FCの選手がボールを奪いにかかる。東城はボールを奪いに来た3人を一瞬のスピード変化でかわしスピードアップ、右サイドに向かう。未来の子供達にスイッチが入った瞬間だった。東城はサポートアングルにいた阿部孝志にパス、阿部はワンタッチで細野へ、細野はカットインするようなボディフェイクを入れたが、中央の東城にダイレクトで速い横パスを通すと東城は、ハーフラインを超えてオーバーラップしていたDFの宇能盛へ速いバックパス。宇能はノールックで中央の諸宮にパス。諸宮はターンしながら左センターバックの唐草に戻す。ボールはいつの間にかセンターバックまで戻っていた。唐草はダイレクトでタテの速いグラウンダーのパスを西塚亜希翔に入れる。西塚は左足のアウトでボールのコースを変えるとボールは左ウイングの市井克人に繋がる。市井はラボーナで中央の狭いスペースに通す。中盤センターの諸宮が進んだコースにぴったりと合った。諸宮はチップキックでDF裏に抜けようとする中林の進むスペースにパス。中林は背中でボールをコントロールして落ちてきたボールをヒールキック。完全にボールウォッチャーになっていたDFの間を抜けて、ボールはペナルティスポット付近に転がる。そこに東城が現れる。東城はペナルティスポットに止まろうとしていたボールを左足のサイドキックでゴール右隅に流し込んだ。
東城の3人抜きは入っていたが、ダイレクトパスが10本繋がったパスワークから何でもない簡単なシュートでゴールが生まれた。源FCは全くボールに触っていない。開始1分で生まれたノータッチゴールは、見た人には夢のような感覚だったはずだ。失点した源FCも同じような感覚だっただろう。でも実際は、見ていた人でもこの素晴らしいゴールを偶然の出来事くらいとしか思わなかった。逆にこの時間の失点が源FCを目覚めさせ、闘争心に火をつけてしまうだろうと思っていた。
源FCのキックオフでゲーム再開。ツートップを構成するセンターFW間でパス交換されたキックオフ直後、中林、市井、阿部、細野は直ぐにセンターFW2人を囲んだ。一瞬のスキがあったような間だった。闘争心溢れるはずの源FCのフォワードは慌ててしまい、ボールを簡単にロストした。阿部が奪ったボールは西塚に戻され、西塚のドリブルがスタートする。西塚本人は、自分の技を見せてあげるよというような自慢げなドリブルを始めた。西塚は目立ちたがり屋だった。西塚は足裏を使いボールをこねるようなドリブルを好んで使った。スピードは無いがボールが足に貼り付いたようなドリブルと今で言うジンガステップのような足さばきにチャンピオンチームの選手達はからかわれているような気分になり、怒りをあらわにした。こんなふざけたようなプレーをする西塚を許せなかったのだろう。激しくチェックに行った。でも西塚のドリブルはダンスのような回転をしながら荒ぶる相手をかわして行く。ドリブルする西塚の周りには渦巻きのようにフリーランする未来の子供達がいた。西塚のドリブルと全員が動き回る九里が浜FCの動きに振り回されて、源FCはディフェンスが崩れ、隙間だらけになってしまった。中林が東城とクロスするように左サイドに抜けようとした動きにDFがつられた瞬間、ゴールに背を向けるようにターンをした西塚は足裏のキックでボールをペナルティエリアの右サイドスペースに送る。誰もいないと思ったスペースに細野が現れ、キーパーと1対1になりかけ、相手DFは細野がシュートを打つと思った瞬間、細野はキックフェイントから深い切返し。体を投げ出しブロックしようとしたディフェンスは尻もちをつき、キーパーも逆を取られバランスを崩してしまった。細野は左足でペナルティスポット付近にパス。そこには中林が走りこんでいてそのまま右足を振り抜いた。ボールはゴール中央に突き刺さるように吸い込まれていた。開始2分で2つ目のゴールが生まれた。ゴールの嵐を予感させる展開となった。
(第2話に続く)