習知野FCと八葉FCのゲームは開始から中盤での激しいボールの奪い合い、潰し合いが続き、共に決定的なチャンスをつくれない。ボール際の激しさは、これまで戦った相手より数段上に見えた。両チーム共に特別の選手はいないが、全員がハイレベルだった。しかも良く動く。サボっている選手はいない。
この2チームが唯一違うところは、ゴールキーパーか。習知野FCのゴールキーパーは、どんなシュートでも止めてしまうほどセーブ能力が高かった。PKストッパーとしても飛びぬけて優秀だった。今大会は、まだPKを決められていない。準々決勝もPK合戦だった。結果は3-0。相手のPKは全て止めていた。
守備的チーム同士の戦いは、見ているものを楽しませない。玄人を気取る人は、攻撃の潰し合いになったスコアレスゲームを質の高いゲームだと鼻の穴を広げて言う。だが、そのほとんどは、潰し合いではなく、潰れ合いだ。闘志は感じるが、アイデアは感じない。技術的にも高くないことが多い。最後は蹴り合いになる。あわよくば、相手がミスして、決定機をプレゼントしてくれる期待を込めて。凄いゴールキーパーが凄いシュートを止め続けるとスコアレスは興味深い。だが、決定的なシュートを枠外に撃ち続けたらどうだろうか?ただの自爆でしかないだろう。
フットボールはゴールを目指すゲームだ。フットボールの楽しさはゴールが生まれたときにピークを迎える。だが、フットボールの楽しさは、ゴールまでの過程が重要な要素になる。相手の予測を超え、スタンドの予測を超えたプレーが連続すること、それがフットボールの楽しさを増幅していく。驚きのプレーが連続したゴール。それがフットボールの楽しさの本質と言える。
組織的なプレッシング(この時代には無かったものだ)を掻い潜る様にパスが繋がる。密集を切り裂くドリブルがプレッシングを無力化する。スペースと時間の概念が別次元に見える連係プレーは、ファンタジーになる。そして、そんなプレーを実現する技術を持っている。まさにチーム戦術であり、真に楽しいフットボールだ。
相手のミスを待つ戦術、ミスの数によって勝敗が決するのではファンタジーは生まれない。個の力だけでゴールをこじ開けるのも論外だ。こじ開けられる方にも問題はあるが。
力が拮抗した同レベルのチーム同士が闘うとゲームは拮抗する。技術やアイデアが無くてもクロスゲームになる。やっている方は、真剣そのものだが、見えている絵は痛々しく思える。
専守防衛で自らの殻に閉じこもり、隙やミスを突いてゴールを目指すことも時には必要だが、いつもそれでは楽しくない。それは技術的にもアイデア的にも戦術においても格下の戦法であって、アンチフットボールの謗りを免れない。
リアクティブなフットボールではなくアクティブなフットボールでなければ楽しさは伝わらない。やっている選手も楽しくないだろう。やっている選手が楽しくないフットボールが、見ているものを楽しくさせるはずがない。
そんな玄人受けする?戦いが続く習知野FCと八葉FCの戦い。中盤の潰し合いとロングボールが繰り返され、お互いシュートまで行かない。前半ロングシュートが一本ずつあっただけだ。力的には拮抗し、勝ち敗けを限界で競い合い、ある面ではスリリングだ。緊張感は伝わって来る。しかし、勝負の緊張感だけならばフットボールでなくてもいい。フットボールの楽しさを競い合った緊張感でなければならない。
未来の子供達は、このゲーム観戦によって、戦いのスイッチがオンになった。この強力で守備的なリアクションフットボールは破壊しなければならないと思った。
未来の子供達にとって退屈で長く感じたゲーム(延長戦30分もあり合計100分ゲーム)は、両チームの合計シュート数4本。決定機は、互いにゼロという結果だった。初めからPK狙いだったのかと思わせる内容だ。典型的な守備的なチーム同士のゲーム。そして勝敗はPK合戦というトーナメントの勝ち抜けだけを決める別の競技をすることになった。
キーパーのPKストップ合戦ならば、明らかに習知野FCが優位だろう。ここまでゲームをPK無失点で勝ち上がったキーパーがいたことで、精神的には優位になった習知野FCだった。だが、勝負の綾はまだ残っていた。八葉FCのキーパーも3人目までPKストップしていた。3人蹴ってスコアは0−0。未来の子供達は、初めて目にするPK合戦のクリーンシート競争に呆れていた。
遂に、先行の八葉FCキッカー4人目が、習知野FCのゴールをこじ開ける。キーパーの逆を取り、サイドネットに収まるナイスシュートだった。この瞬間、立場が逆転して、勝った様になった八葉FC。立場が逆転した習知野FC4人目のキッカーは、雰囲気にのまれ、狙い過ぎたと形容されるミスキックによって枠を外してしまった。いよいよ勝利が手中に収まりかけた八葉FC。5人目が決めれば、その時点でゲーム終了となる。八葉FC5人目は、チームのキャプテンだ。最も正確なキック力を持ち、チームの柱となっている選手。
ホイッスルが鳴り、八葉FCが勝利を掴むシュートのはずだった。左サイドに飛んだボールは決まったかに見えたが、習知野FCキーパーは横飛び一閃、指先でボールのコースを変えた。ボールは、ゴールポストを掠めてピッチ外に飛んで行った。
キッカーは、頭を抱えたが、まだ八葉FCはリードしている。習知野FC5人目のキッカーは、ゴールキーパーの那須だった。那須は、とても度胸がいいタイプだった。この1点ビハインドの場面、外しても、止められてもゲームセットの場面で蹴ったコースは、ど真ん中。八葉FCキーパーはゴール右に飛んでしまったためセーブ出来ない。1−1の振り出しに戻り、サドンデスになった。こうなると追いついた方が優位になるのが常だ。しかも同点に追いつくゴールをしたのが、習知野FCのキーパーとなれば尚更だった。
再び立場は逆転した。八葉FC6人目のキッカーは、無理にコースを狙ったが、これもプレッシャーに負けたミスキックになって枠外シュートになってしまった。いよいよ決着の時になった。習知野FC6人目のキッカーは、緊張しながらも、キーパーの届かない場所にシュートを打ち込みゲームセット。100分プラスPK戦という長い長い戦いが終わった。
チームとしては、似たり寄ったりだったが、最後は経験と度胸で習知野FCが八葉FCを上回った。年代別のチャンピオン経験チームが、競り合いに勝利した。
ゲームが終わり、未来の子供達も帰途に着いた。決勝戦の相手は厄介だが、倒さねばならない相手だとの思いで一致していた。専守防衛のチームに負けるわけにいかない。フルメンバーが揃わないことは理由にできない。あのキーパーが守るゴールをこじ開けて美しく勝たなければならない。そんな使命感が湧き上がっていた。自分達がこの時代に降りたったのは、フットボールの未来が、楽しいものになるためだったから。
1月が終わり、2月最初の土曜日が決勝戦だった。この国が1年で最も寒い季節に行われるトーナメントも残り1ゲームとなった。ファイナリストは、源FCでも、楽園台FCでも、八幡台FCでもなかった。習知野FCはU−13のチャンピオンだったが、既に過去のチームと見られていた。準決勝まで強豪チームとの対戦がなかったこという組合せに恵まれた感はあるが、準決勝まで無失点という強力な守備力はファイナル進出に相応しかった。
そして、もうひとつのファイナリストは九里が浜FC。片田舎の無名チーム、しかもそのセカンドチーム(早く言えば二軍だった)。名前だけ聞けば、驚きだったが、九里が浜のゲームを見た人にとっては、順当であり、当然のことだった。そしてファイナルが攻撃力のチームと守備力のチームとなり、九里が浜を有利とする見方が上回ったが、決して習知野FCにチャンスが無いとは見られなかった。
未来の子供達は、そんな外部の声に耳を貸さず、自分たちの力を出し切ることだけに集中した。そんな思いが爆発する決勝戦、九里が浜FCは本当の姿を現す。
(決勝戦は第12話に続く)