市山FCとのファイナルを3日後に控えた水曜日は、いつものように九里が浜FCトップとセカンドトレーニングマッチが行われた。
九里が浜FCの練習グランドは海の近くにある。町の東のはずれにあっていつも波の音が聞こえ、海から吹いてくる潮風に包まれた場所だった。
未来の子供達はこの練習場を「エスタディオ・ライジングサン」(日の出ずる所)と呼んでいた。諸宮は、この地域の方言とヨーロッパの名門クラブのスタジアムを駄洒落で掛け合わせ「スタディオ・ソダッペ・デキッツァ」と呼んでいた。
桜も散り、春から初夏の気候になった。エスタディオ・ライジングサンは野芝も生え替わり、状態はとても良くなっていた。この時代に野芝といえども芝の練習場を持っているチームは極僅かだった。
トレーニングマッチは、トップチームのメンバーに変動があって、トップチームの選手とセカンドチーム控え選手の混合チームのゲームになった。
トップチームは、キーパーに菱井、両サイドバックに斎長兄弟、センターバックにキャプテン鶴亀、中盤アンカーに神宮寺、中盤右に斉能和(さいのう やわな)、左に中市圭真(なかいち よしまつ)攻撃的中盤のセンターは東城。東城の希望で堀内と入れ替わった。スリートップは、右から矢野、榊野、枝本。矢野と枝本のサイドが替わっている。この時代では珍しい利き足とは逆のサイド配置だ。未来の子供達の基本フォーメーションと同じ3-1-3-3になった。セカンドチームは、キーパーに一清、DFは右から宇能、海東、唐草、中盤アンカーは諸宮、攻撃的中盤は右から阿部、堀内、西塚、スリートップは、細野、タ士丸、市井となって、東城と堀内が替わったが、よくある先発メンバーだった。
試合開始から、マンツーマンで向かい合った相手と1対1が繰り広げられた。東城と諸宮の勝負は見応えがあった。諸宮は東城の技に振り回されていたが、何とか食らいついて東城からボールを奪うシーンもあったが、東城は余裕があった。諸宮が突破されるとDF強度は低下する。諸宮は1対1がとても強い選手だったが、さすがに東城相手だと分が悪い。東城が、前を向いたらドリブルも決定的なパスもシュートもある。前には矢野と枝本がゴールを狙っている。矢野にボールが渡ると唐草も海東も格下扱いされてしまう。一清のファインセーブが無ければ、トップチームが3点は取っていただろう。だが、さすがに前3人だけではゲームを決めるまでにはならない。セカンドチームも決定機は数本あったが、キーパー菱井とセンターバック鶴亀の活躍で得点できず、前半はスコアレスで終了する。
後半は、セカンドチームがバランスを取り戻す。東城と諸宮の戦いは続いていたが、未来の子供達は、東城へ出されるパスの出所を切るようになり、攻撃をさせないようになる。逆に諸宮から攻撃が始まる場面も見え始め、東城が守備に追われる様になってきた。西塚と阿部のドリブルも冴えだし、ボール支配は未来の子供達のものとなった。西塚と市井のコンビネーションから西塚、阿部、堀内に繋がりフィニッシュはタ士丸という流れるような先制点が決まる。自陣に引いた東城は怖さが半減していた。守備に追われる東城を見るのは痛々しいものだった。その後も西塚とタ士丸のワンタッチのパス交換による中央突破が決まり追加点。市井のラボーナから細野のボレーシュートによる3点目が決まりゲームは決まった。
東城は、悔しがりながらも未来の子供達のプレーに感心したようだった。それでも負けず嫌いの東城は、諦めてなかった。ゲーム終了近く、東城は、諸宮からボールを奪うと斉能和につなぐ、その斉能が抜け出た才能の片鱗を見せる。斉能は、ファーストタッチで宇能を置き去りにすると東城に戻すように見せてドリブルでペナルティエリアに侵入。海東をまた抜きで置き去りにすると一清と1対1になる。一清の寄せるタイミングを計り、ボールを右サイドの矢野にはたく。矢野はシュートと見せて唐草を滑らせ、東城にパス。東城は無人のゴールに流し込みトップチームは1点を返した。東城は、斉能のプレーに驚いていた。トップチームは、矢野と枝本だけではなかった。こんなにいい選手を知らなかったことに恥ずかしいとも思っていた。そして斉能ともっとプレーしたいと思うようになった。
隠れた斉能の発見はあったが、ここでゲームは終了。3-1でセカンドチームが勝利したが、内容は拮抗していた。東城、矢野、枝本そして斉能による攻撃はイマジネーションが溢れ、未来の子供達に引けを取らないものだった。全国選手権予選ファイナルを控えた未来の子供達だったが、ファイナルのことより、トップチームとのトレーニングマッチがとても楽しかったようで次のゲームを早くやりたいと思った。だが、その前に全国選手権予選ファイナルが土曜日2時のキックオフだ。無名のチームが全国大会への扉を開けるのか。(続く)