前半30分で2失点。未来の子供達は浮き足立っていた。一清が1番浮き足立っていた。一清1人で守って来たゴールがこんな形でこうも簡単に破られたのは初めてだった。一清はこの現実を受け入れられないようだ。海東が一清を励ますが、効いてない。諸宮が、東城が声をかけたが、一清のショックは消えなかった。
九里が浜のキックオフでゲーム再開。市山FCは調子付いてプレスをかけて来る。それでも諸宮は、危険を承知で海東と唐草、宇能を使ったパス交換をして市山選手を引きつける。九里が浜の4人に市山選手がマンマークで付いて来た。諸宮はマークをワンタッチプレーでかわしながら、突然一清に返す。一清は面食らったようだったが、諸宮の意図、落ち着きを取り戻せという合図を察して、今度は一清がダイレクトで諸宮に向けて強いボールを送った。シュートの様なグラウンダーのパスが諸宮に向かう。
市山FCは一斉に諸宮を囲む様に寄せて来る。市山陣を背にした諸宮の左右後方に4人がついた。東城が引いて近づく。市山マークは諸宮のスルーを警戒しているようで諸宮と東城のラインを消している。諸宮は守備陣形を察してスルーをせずターンしながらボールをうけてマーカー4人と向き合う。マーカー4人は更に間合いを詰め絞る。諸宮はキックフェイクを入れ、左に抜ける動きを入れた後、右サイドの宇能にボールを送る。前方が空いていた宇能はフリーで右サイドを上がって行く。諸宮に付いていたマーカーが宇能を追う。右サイドの細野がサイドを空ける動きでマーカーを引き連れていく。細野が空けたスペースに阿部が入ってボールを受ける動きで宇能にサインを出している。阿部のサインに顔を向けながらも宇能は右サイドからカットインして中へ、細野を目指すように進む。細野に付いたマーカーが宇能のチェックに来る。タ士丸は、中央で密着マークされている。東城が見えない。諸宮に付いていたマーカー3人と東城をマンマークしていたディフェンダーが東城を囲み、諸宮の動きも警戒しているのがわかった。
宇能は、チェックに来たマーカーを横にずらしてから股抜きで細野にパス。市山ディフェンスは細野を取り囲む様に中央に寄せて密集になった。九里が浜はピッチ右サイドだけが動いている。左サイドはフリーだが、音無の構えでだった。市井も西塚もチャンスをうかがっているが動きは無い。
細野は、中央でボールキープする。密集で囲まれ孤立しているが、ボールを取られない。市山は、更に中央を厚くして来た。細野は、ディフェンスの隙間を通して右サイドにいる阿部をディフェンス裏に走らせる。本来、スピードスターの細野が、トップ下の選手がする様なノールックのスルーパスだった。東城や西塚がやる様を細野が自然にやったプレーに未来の子供達はビックリしていた。無口で大人しい細野は、未来の子供達の中で目立たない存在だった。だが、やはり細野もファンタジスタだった。
裏のスペースでボールを受けた阿部はディフェンス裏をえぐる様にドリブルで進み、マイナスボールを中央へ送る。密集の間をボールが進む。ボールの先に東城が見える。市山ディフェンスは一斉に東城を潰しに行く。東城に向かっていたボールを突然現れた唐草がカット、直ぐにツータッチ目でタ士丸にパス。タ士丸はターンフェイク後ヒールでボールを落とすとそこに走り込んだのは、九里が浜FCの攻撃スイッチを入れた宇能だった。宇能がそのままダイレクトで右足を振り抜く。ボールの芯を撃ち抜いたシュートは市山キーパーの左手を掠めてゴールネットに突き刺さる。強烈な九里が浜のノータッチゴールによりゲームは2-1になった。
早くに2-0となったゲームは、次の1点がどちらに入るかによってゲームが左右されると言われる。しかし、1点を返された市山FCは、それが何の根拠もないものとでも言う様に、むしろ選手のギアが上がり、チームとしてより強靭化した様だった。市山のパス交換はスピードが上がり、長短のパスを組み合わせたピッチの幅を一杯に使っている。1点返して勢いが増すはずの九里が浜の選手の方が守備で走らされている。ボールを大きく動かされ掴みきれない。ポゼッションされている。東城も西塚も阿部も目をキョロキョロさせていた。未来の子供達はポゼッションして相手を揺さぶることはあっても揺さぶられたことは無かったから。九里が浜の選手、未来の子供達は夢を見ている様だった。ポゼッションが定着した40年後の世界でも、未来の子供達はこんなにボールを回された経験が無かった。
ファンタジスタ達は自分がやることを人にやられるとダメな様だ。九里が浜は完全に後手を踏んだ守備になった。ボールを回して押し込んだ市山FCは、前半終了近くにビッグチャンスを迎える。
市山FCは、サイドチェンジが繰り返し、九里が浜のマークがずれたところで市山センターフォワードにピンポイントのクロスが入る。市山センターフォワードは、身長1m85㎝ある大型選手。今日の2得点はこの選手が挙げている。市山センターフォワードはピンポイントのクロスを綺麗に胸トラップして前を向くと海東と向き合った。
市山センターフォワードは前から海東、右から詰める諸宮を外す様に左前にボールを叩く。そこにはクロスを入れた中盤選手が宇能のブラインドから走り込んでいた。「ヤバイ、打たれる」未来の子供達がそう思ったと同時に強烈なシュートが九里が浜ゴールに向かった。九里が浜中央やや右目から放たれた強烈なシュートは九里が浜ファーポスト枠内に進んでいる。一清が左に飛んで更に左手を伸ばす。一清の左手中指で弾かれたボールは、コースが変わってポストに当たり、正面にリフレクト。ぴったり市山センターフォワードに繋がってしまう。あまりにも綺麗にボールを受けた市山センターフォワードは一瞬意表を突かれたが、迷わずシュートを打った。起き上がっていた一清の右をねらったシュート。逆を取られた一清は右足を出してボールに足を掠らせコースを変えた。ボールは又ポストに当たって、ゴールラインを超えて行った。九里が浜は命拾いしたが、コーナーキックだった。前半ラストプレーになるはずの市山FCのコーナーキックだ。
市山FCは、またも一清を囲むようにポジション取りしている。一清が動き辛そうだ。市山FCのプレースキッカーはとても良いボールを蹴る。一清の動きを大型選手が止めている。そして今度はニアを狙った速いボールが入った。動きを止められた一清の前に飛んだボールに市山選手と諸宮が飛び込む様に競り合う。一瞬市山選手が早い。ボールはコースを変え一清と市山選手の方向に進む。一清の左手と市山センターフォワードの頭が先を争う。今度は一清が勝った。一清は左手ワンハンドでボールをしっかりキャッチした。一清のワンハンドキャッチは生きていた。そして直ぐ前線にスロー。ハーフライン付近に飛んだボールは東城に収まった。市山FCはディフェンス1人とキーパーだけ、1対2が出来た。この状態で東城対2人は九里が浜のビッグチャンスだったが、東城がドリブルを始めたところで長い笛の音がピッチに響いた。前半終了だった。海東と諸宮がレフリーに詰め寄り抗議している。レフリーの胸ポケットから黄色いカードが出た。海東と諸宮は警告を受けてしまった。
前半終了して、九里が浜1対2のビハインド。もう2対0の定説は消えただろう。どうする九里が浜という状況がこのハーフタイムか。だが、後半は、このままのメンバーで行くことになった。ただし、斎長兄弟、堀内、榊野にアップの指示が出た。絶対負けない。絶対に勝つということが自分達の使命だ、という海東の檄が飛ぶ。未来の子供達は、不思議な事だが、ピンチだとは思っていない。勝利しかないと思っている。そんな気持ちがどう出るのか。後半開始の笛が鳴った。
後半は九里が浜FCのキックオフだった。
(続く)