オーストリア、西にアルプス山脈を望むチロル地方をベースキャンプ地としてアーセナルトップチームは毎年キャンプを行う。1か月に及ぶ夏のキャンプは、シーズン前に体のメンテナンスを行い、シーズンを通して戦い抜ける体を作る場でもあった。
祖父の急病により日本経由で合流した矢野明也は、メンタル面での問題を抱えながらも初めてトップチームの一員としてトレーニングに参加することとなった。
祖父の容体は、好転することも、悪化することもなく意識不明が続いていた。明也にとって、どうする事も出来ない状態が続いていた。祖父の願いは、明也がプレミアデビューを果たし、プレーし続けることだった。「わがままでいいなら、このままここに残りたい」そんな思いもよぎったが、矢野明也は成田から、西の地平線を超えてヨーロッパに降り立っていた。
そして、オーストリアで明也を待ち受けていたのは、アーセナルトップチームのキツイ洗礼だった。
矢野明也は、トップチームの選手達には、脅威だった。リオン・ファントマの再来と呼ばれ、アーセナルU-17チームを15歳にして無敗優勝に導いた才能を、トップチームの選手たちは戦々恐々として矢野明也を迎えていた。特に中盤から前の選手達、ポジションの被る選手たちにとっては死活問題となりかねない才能が、トップ昇格したのだった。チームの将来を担う選手の昇格と言っても、プロの選手たちの心は、穏やかではなかった。
練習初日の体力測定から、トップチームの選手たちは必死に体を動かし、アピールをしている。一方メンタルの問題を抱えている矢野明也は、少しずつ遅れをとり、フィジカル的にも完全に成長しきっていないハンデが顕わになってしまう。アンダー世代では、明らかに優位を保っていた持久力や体幹の強さも、本気で対抗してくるトップ選手の前では、まだ子供だった。技術的な戦いになれば遜色ないものだったが、技術的な戦いに行く前に潰されてしまう。「トップチームの洗礼」と言えばそれまでだが、矢野明也の内部にあった問題は、トップ選手との差をより大きなものにしていた。
フィジカルトレーニング、テクニカルトレーニング、戦術トレーニング、どれをとっても矢野明也は、トップチームのレベルに達していない選手の様だった。トップチームのコーチ陣も矢野明也のパフォーマンスに「期待外れ」「時期尚早」という気持ちになってしまう。「16歳の少年にはまだ無理」そんなムードが大勢を占めてしまう。矢野明也のことは、チームディレクターのリオン・ファントマに報告されていた。リオン・ファントマも慌てて視察に来たが、現場を見ると、報告に違わぬ状態だったことに愕然とした。
お気楽なケヴィンもキャンプ地にやって来た。新シーズンは、アーセナルU-17チームのキャプテンとなったケヴィン・クランツは意気揚々とやって来て、明也をいじろうとしていたようだったが、明也の状態を見てそんな気分は吹き飛んでいた。「明也に何があったんだ」「あそこにいるのは、明也じゃない。別人だ」「明也は魂をどこかにおいて来てしまったんだ」「A・Ki・Yaaaaah!」ケヴィンの声にも元気なく反応する矢野明也だった。
オーストリアキャンプは、矢野明也にとって悲しい内容となってしまった。シーズンを前にしてクラブは、矢野明也の扱いをどうすべきか検討を始めた。「レンタル移籍」「下部チームに降格」マイナス面のシミュレーションばかりが提案されていた。
矢野明也最大の理解者、リオン・ファントマも今回ばかりは無言だった。
(続く)